お狐様、人生の経験値を溜める
「……と、いうことがあってのう」
『はー。うちの店を出た後にそんなことに』
夜。家に帰ったイナリがエリに電話をすると、エリは「その場にいたかったなー」と呑気に笑う。
『でも、無理に何かを買う必要もなかったと思いますよ?』
「うむ。要らぬものを買っても、買われる商品にも店にも失礼じゃからのう」
『お店は喜ぶかもですけど……まあ、さておきまして』
売り上げが上がるのでお店も店員さんも喜ぶだろうが、まあその辺は営業成績とかの話なのでさておこう。主題はそこではない。
『そうじゃなくて、生活レベルっていうのは私たちがどうこうじゃなくてイナリさんが欲しいもので生活を彩ることですから』
「まあ、そうなんじゃがのう……」
『慌てる必要はないですよ。たぶんこういうのって、人と人の繋がりでも生まれていくものですから』
人と人との繋がり。確かにそうであるのだろうとイナリは思う。たとえばアツアゲがよく見ているアニメでも「誰かに可愛く、カッコよく思われたい」と着飾ったり、「誰かに勝ちたい」と新しいものを買ったり、誰かに憧れて同じものを買ったり……そういうシーンがよく出てくる。コマーシャルで流れてくるグッズなどもそれと同じ理屈であるのは間違いない。
そしてそれは、長らく1人で「完結」していたイナリにはまだまだ足りないものであるのは間違いない。
「ふむ……繋がり、か。エリからは大事なことを教わったのう」
『お役にたてたなら嬉しいです。メイド的にも、友達的にも』
「ふふ、そうじゃのう。では今度、エリと何処かに遊びに行くのも良いかもしれんの?」
『え!? わあ、楽しみー! いつでも予定空けるんで連絡くださいね!』
「うむ。勿論じゃよ。では、遅い時間にすまなんだの」
『夜はこれからって時間ですけども……はい、それでは』
電話を切ると、イナリは小さく微笑む。エリと友人になれたことは、イナリにとって間違いなく幸運であり財産であるだろう。
ひとまずは、もっと視界を広げていくことが大事だろう。そう考え、イナリはテレビの前に座っているアツアゲの隣に座る。どうやらこれから始まる番組を見るらしいが、まずはそこから始めてみようと思ったのだ。そうして始まったのは……イナリにはちょっと難しい類のものだった。
―ば、馬鹿な! 貴様の王国は内部分裂しているはず! 大臣は……―
―馬鹿は貴様だ、ダンザ元帥! 我が王国の絆を甘く見たな!―
―ククク、そういうことです。全ては奸計……騙されたのは貴方ということだ!―
―お、おのれえええ! 重要塞メカ・グランダ! 奴等を倒せ!―
―王よ、サポートは私が!―
―ああ、頼んだぞ大臣!―
―承知! 7番艦から35番艦、125番艦から321番艦は順次副砲発射! 奴を近づけるな!―
―よし、王命発布! 今こそ我等が守護神を呼び覚ますとき……合体だ!―
何やら主人公らしき男の命令に従い、無数の宇宙戦艦が合体を開始していく。とはいえ、大分途中経過を端折っている……いわゆる短縮版のバンク映像なのだが、イナリはもうついていけていない。
そうして合体の最後に人型ロボットの目が光り、主人公の男が朗々と叫ぶ。
―完成……巨神王国、ゴッドキングダム!―
―お、おのれえええええ! グランダ、奴を……!―
ゴッドキングダムと呼ばれた敵のグランダとかいうロボットより遥かに巨大なロボットの無数の砲門が一斉に開いていく。
―キングダムカノン、フルバースト!―
―ぐあああああああああああ!―
「……うむ」
興奮したようにぴょんぴょん跳ねているアツアゲの横で、イナリは黄昏た表情になる。アツアゲの気分に水を差すのもよくないので大人しく見ている。見ているが……。
(全然分からん……最近のあにめは派手じゃのう、ということくらいしか分からん……)
―ついに発売……! 完全合体ゴッドキングダム! 全500の戦艦の合体シークエンスを貴方の手で! さあ、今こそ王命発布! 巨神王国の伝説が今、ご自宅で蘇る……!―
(新手の知育玩具か何かかの……?)
500のパーツを子どもが自分で合体させるのだろうか。それとも親御さんと一緒に遊ぶのを想定しているのか。500もあったら1個失くしたときにどうするのか。とにかくすごく大変そうだ……とイナリはそんなことを思う。視点がすでに親御さんである。
「……うーむ」
エンディングと次回予告までしっかり見ると、イナリは台所で湯を沸かしてお茶を淹れる。
分からなかった。全く分からなかったが……まあ、話の途中から見たのもよくなかったのだろう。最初から見れば違う感想もあったのかもしれない。
「まあ、少しずつ……少しずつ、じゃな。何事も一気にやるのは良くないからの」
ひとまずはエリと遊びに行く予定をたてることからだろうか。ヒカル……は他の人がいるのはちょっとダメらしいので、紫苑を一緒に誘うのも良いかもしれない。まあ、まずは2人にそれぞれ話をするところから始めなければならないが、それもまた経験だろう。廃村では得られないそんな経験は、きっとイナリをこれからも成長させていくのだろうから。