お狐様、子供たちと遊ぶ
……ところで、当然の話ではあるのだが。イナリは買い物についてかなり偏った知識を持っている。
何しろ元々持っていた知識は大昔の山奥の村の「個人商店に村の住人が買い物に行く」ようなものだし、こちらに来てからはコンビニやスーパー、あるいは専門店というものを覚えた。
買い物のイロハみたいな本があるわけでもなし、一般常識に分類されるソレを有していないイナリは、自分なりに色々と試行錯誤して不自由ない生活を送っている。
それは素晴らしいことだ。しかし残念なことに、イナリが自分の中でアップデートした内容は一般人としての常識であって覚醒者としての常識ではなかったりする。
何故か? といえば話は簡単だ。覚醒者とは現代においてアイドルのようなものだ。そして近所のスーパーやコンビニに高い頻度で買い物に来るアイドルは……まあ、いるかもしれないが大抵の場合はそうではないだろう。
彼等、彼女等は自分の影響力やプレミアというものを自覚しており、何らかの騒動が起こることを望まないからだ。実際、トップランカーと言われるような面々は間違ってもスーパーで、どのふりかけを買おうか真剣に悩んでいたりはしない。
しかしイナリはそういうスタイルである。普通そういうことをすると厄介なことになったりするのだが……イナリの場合、買い物に出ると別の厄介な相手に絡まれるのだ。
……ただし、イナリが面倒がっているかというと、これまた別の話だ。
「あー、イナリちゃんだ!」
「ほんとだ!」
「イナリちゃーん!」
「あそぼー!」
「これこれお主等、今日は平日のはずじゃが……学校はどうしたのかの?」
「今日は休日だよ!」
そう、近所の子供たちである。テレビに何度か取り上げられたり、ネットで誰かが写真をあげたり。下手な大人よりも色々な情報に目ざとく耳ざとい子供たちは当然ながら特徴的なイナリを「覚醒者のイナリ」であると理解しており、自分たちとそんなに変わらない大きさなのもあり、イナリの性格もあり……簡単にいうと、物凄く懐くのである。
そんな子供たちにイナリも「仕方ないのう」とニコニコしながら付き合うので更に懐くというスパイラルが発生しており、イナリがこの高級住宅街に引っ越して新しい関係を築き始めてそんなにたたないうちにこの状況になっていた。
更に親御さんとしても有名な覚醒者であるイナリに面倒を見てもらえるのは安心という点もあり、実際帰りが遅くなりそうであれば1人1人家まで送っていくということまでしてくれるイナリに相当な信頼を寄せていて「うちの姑と取り替えたいわぁ」はイナリがよく聞く台詞の上位に入っている。
「うむうむ。そういうことなら仕方ないのう。何をして遊ぶんじゃ?」
「鬼ごっこ!」
「けんけんぱ!」
「だるまさんがいい!」
そう、イナリの提案する遊びは古いものばかりだが……今時の子どもには逆に珍しいのか、それともイナリと遊ぶなら何でも面白いのか。そういう遊びをするのは、イナリがいるときの子どもたちの日常と化している。
そのまま公園に行くと、イナリは子供たち……なんかいつの間にか増えている……とにかく子供たちを集めて遊びの開始を宣言する。
「よしよし、では順番にやろうかの。えーと……まずは鬼ごっこじゃな?」
「じゃんけんで負けた奴鬼な! イナリもだぞ!」
「うむうむ」
「じゃんけんぽん!」
イナリが出したのはパーだが……子どもたちが出したのは、なんというか……人差し指と小指を立てて、残りの指で輪っかを作るような形である。
「……一応聞くんじゃが、それはちょきかの?」
「きつね!」
「そっかあ。狐じゃったかあ……狐はどういう強さなんじゃ?」
「ちょー強い! じゃ、イナリちゃんが鬼ね!」
「逃げろー!」
わあっと逃げていく子どもたちを、イナリは苦笑しながら見つめる。
「ちょー強い、ときたか……ううむ、照れるのう」
それもまたイナリへの信頼の証なのかもしれない。ならばその信頼に応えるのはイナリにとっては当然のこと。一方的にならないように適度な速度でイナリは子どもたちを追いかけ始める。
「そーれそれ、逃げないと捕まえてしまうぞー!」
「きゃー!」
「あはははは!」
勿論、遊びに熱中すれば転びそうになる子どもも出てきてしまう。そういう子どもがいれば、そこが「捕まえどき」だ。
「あっ」
「ほっ、と。そぉれ、捕まえたぞ」
転びそうになった子どもを危なげなく支えると、イナリはその子どもに微笑む。
「逃げるときは安全に逃げる。それが一番大事なことじゃぞー?」
「うん、ありがとう!」
「よし、それでは、今度はよーすけが鬼じゃ! それ逃げろー!」
そうして再開する鬼ごっこでは、皆が転ばないように安全に走り出す。子どもというのは不思議なもので、自分たちと本気で向き合っている相手を敏感に見抜く。そんな子どもたちにとってイナリとはまさに「友だち」として強く認識されており、言うことも正しいと分かっている。
「ようし、ここまで! 次はけんけんぱじゃ、輪を描くから皆集まるのじゃよー!」
そして、誰よりも公平。だからこそイナリは子供たちに人気で。母親たちが迎えに来る夕方辺りまで遊びに付き合わされてしまうのだ。