お狐様、利島へ向かう7
「お主のような相手は、その根源ごと滅ぼさねばまた現れる。浸食されたこの島が良い証拠じゃ」
イナリが手を振ると、その手から狐月が消える。
召喚モンスター……いや、正確にはモンスターを模して作った人形だろうか? とにかく、そんなモンスターもどきたちをアツアゲに任せたまま、イナリは社殿へと歩いていく。狐月を消した無手のイナリの眼前にもモンスターもどきたちがぞぶりと現れるが、その動きは何かを恐れるようにピタリと止まる。それは、アツアゲと戦っていたモンスターもどきたちも同様だ。
「ならば、儂もそんな相手に相応しい技で応えよう」
そう、それは……その場に立ち止まったイナリの放つ、気配のようなものに脅えているように見えた。そして、イナリの口から歌うような声が紡がれる。
集え 集えや 迷い子たちよ
この声が現世の道を指し示す
いざ いざ 光へ向かえ
母の愛がその手を強く掴み引き寄せる
還れ 還れや 妖しなるもの
この音が幽世の道を閉ざしゆく
いざ いざ 闇よ消えよ
父の愛がその手を強く握り追い払う
「ア、アアアアアア……」
イナリの歌が光の波紋を広げ、モンスターもどきたちを黒い塵と変え消していく。
それは原理でいえば魔力を含む歌だ。いわば原初の魔法の形であり、力ある歌だ。
スキルという点でいえば吟遊詩人のソレにも似ているが、また異なるもの。
暖かく、激しく。祟りを打ち払い安らぎをもたらすための、輝ける歌。
そして社殿の中にある鏡にもヒビが入り、黒い煙のようなものが染み出し消えていく。
それはまるで浄化されていくかのようで。祟り神は鏡の中から溢れ出てイナリへと襲い掛かろうと社殿から飛びだす。
「その歌を、その不快なものをやめろおおおおおおおおおお!」
祟りは消えよ その怨念は祓われ浄なるものが地を満たす
光は満ちよ その輝きは満ちゆきあるべきものが現れる
「消えよ、祟り神。その祟りの報いを受けるがよい」
パアン、と。大きく柏手が打たれる。その音がダメ押しとなるように、祟り神は光の波紋に押し流されて。
「あ、あああ……あと、あともう少しだったのに! おのれ、おのれえええ! 貴様に祟りあれ! あああああああああああああああああ!」
「人を呪わば穴二つ。祟るものはいずれ祓われる。お主にそのときが来たというだけの話じゃ」
祟り神の不定形の身体が溢れる光に溶かされるように崩れ、溶け……やがて、光の波紋が大きくなり利島全体へと広がっていく。それは祟りの町を、きさらぎ町を消し飛ばして元の姿へと戻していく。
そうして現れたのは先程のきさらぎ町ではない……イナリが最初に降り立った、利島の海岸だ。
そこには1台のヘリコプターが停まっているが、やはり誰も乗ってはいない。アツアゲも突然場所が海岸に変わって驚いたように周囲を見回していたが、やがて全てが終わったのだと理解してぴょんとその場で跳びはねていた。
―世界初の業績を達成しました! 【業績:神に到らんとするモノの撃破】―
―称えられるべき業績が達成されました!―
―銀の報酬箱が配布されます!―
―未登録の技を検知しました!―
―ワールドシステムに統合します―
―スキル【祓いの歌】を生成しました!―
「ええい、次から次へと忙しいのう」
イナリは自分の手元に現れた銀色の包み紙の箱を、ひとまず神隠しの穴に放り込む。今回の事態はシステムの保証付きで解決した。キングコロッサスのときに出てこなかったシステムメッセージが現れたということは、今回の事態はシステムにとっても好ましくはないものだったのだろう。
神に到らんとするモノ。それ自体の是非はともかく、アレがこれ以上成長すれば、利島だけで済んだかは分からない。伊豆大島を呑み込み、やがて東京にも到達したかもしれない。そうなれば、そこに人類は残らなかっただろう。
(とはいえ、気になることはあるがの。あの祟り神……元々埼玉第4だんじょんに居ったもんすたあの一種なのか、それとも何かしらの事象によって発生したものか……)
まあ、それは分からない。どちらにせよ倒したのは確実なのだから今更気にすることではない……のかもしれない。今イナリがやるべきことは、仕事が終わったことを伝えることだ。覚醒フォンを操作し丸山に連絡すると、3コールもしないうちに丸山が出る。
『丸山だ。どうした? 何かあったか? まさかとは思うが』
「そのまさかじゃよ。利島の怪異は退治した。偵察隊のへりこぷたあは残っとるが、生き残りはなし。遺体も見つかるかは分からん」
『そ、うか……分かった。ヘリを回す。現在地は?』
「お主等と別れたところから真っすぐ行った海岸じゃの」
『すぐに行く。待機していてくれ』
電話を切ると、イナリはふうと息を吐く。これでいい。あとは、覚醒者協会が事後処理を行うだろう。死んでしまった覚醒者の家族への連絡、補償……色々あるだろうが、それはイナリが関わる話でもない。
「きさらぎ町、か」
町全体が、様々な怪異……都市伝説の集合体だった。ただの人であればアッサリと死んでしまうであろうその場所は、人よりも強い覚醒者の集団ですら耐えられなかった。勿論異界の中だったからとか外であれば勝てたとか、色々あるかもしれない。しかし事実はたった1つ。
「人の語る怪異が人を祟り殺した。因果じゃのう、実に因果じゃ」
もし、かつての時代の人々が都市伝説を語らなければ、埼玉第4ダンジョンは……そして利島のモンスターたちは、違う形をとったのだろうか?
それは分からない。分からないが……イナリの語る通りに、なんとも因果なものであると言わざるを得ないだろう。