お狐様、利島へ向かう6
きさらぎ神社。大きな石の鳥居は、此処が神社であることをこれ以上ないくらいに示している。
しかし神社であることと神域であることは必ずしも一致しない。実際、この「きさらぎ神社」も祈ったところでご利益があるどころか祟りがありそうだが……少なくとも、見た目は静かな場所にある小さな神社といった風情だった。
少し苔むした石鳥居を潜れば社務所らしき建物と社殿が存在している。石畳で道が整備されてはいるが、それもまた苔むしている。
他には何かがあるわけでもないが、石灯籠、手水舎とおみくじかけはある……狛犬は台座しかないが。
「此処に人がいるとすれば……」
イナリは社務所の扉に手をかけるが、鍵がかかっているようで開かない。中で誰かが鍵をかけているのであればそれでいいが……曇ったガラスの扉の向こう側を覗くことは叶わない。あとは無理矢理開けてみるかどうかだが……イナリが扉から手を離したその瞬間。扉の向こう側から無数の手がビタンビタンビタンと音を立てながら扉を叩くようにして張り付く。それはすぐに消えていくが、もう扉を開けずとも1つの事実が明らかだった。すなわち……この社務所に生きている人間はいない。
カチン、と扉の鍵が開く音はしたが、今のを見て中に入るような者はいないはずだ。つまり、イナリが入る理由もない。
溜息をつきながらイナリが背を向け歩き出すと……その背に向かい追いすがるような声が聞こえてくる。
「入らナいのォ?」
「残念じゃが、用はないのう。それとも今すぐ祓われたいかえ?」
「キャハハハハハハ!」
ドタドタと遠ざかるような足音が社務所の中から響くが、イナリは一切気にしてない。そんなものは今はどうでもいい話だ。今大事なことは、この「きさらぎ神社」だ。此処もまた間違いなく怪異の真っただ中であり、生きている人間はいない。しかし……1つ、見逃すことのできないモノが存在している。
それは、社殿のその奥。「本物の神社」であれば御神体と呼ばれる類のもの。丸い鏡から、隠す気もない殺気が伝わってきていた。それだけではない……このきさらぎ町で出会った中では一番濃く、薄暗い……祟りといって遜色ない魔力もまた漂ってきている。そしてそれはどうやら、周囲から集まってきているようだった。それが意味するものは、つまり。
「なるほどのう……此処がこの異界の根源というわけかえ」
ならば、あの鏡を破壊すればいい。そう考え弓を構えるイナリの背後に、2メートルを超える女が何の前触れもなくヌッと現れ……イナリを叩き潰そうとするかのように腕を振り下ろす。しかし、イナリはその場を飛ぶように離れ弓の弦をすでに引いている。
放たれた光の矢は巨大な女を貫き吹き飛ばすと、その場に魔石は……落ちない。だが、地面から黒い何かがにじみ出るよう現れ様々なモンスターの姿をとっていく。人面犬、赤マント、口裂け女、猿……出会ったもの、出会ったこともないもの。しかしそれらはイナリの出会った「都市伝説」たちとは微妙に違うモノだった。
「呪い、祟り、怨念……そうしたものを畏れ、神と呼ぶことはよくある話じゃが……見えたぞ。神社などの神なるものに関連した都市伝説の集合体。あるいは、祟りそのもの。都市伝説のもんすたあ共を束ね、人を殺し魔力を啜り、嘆きを集めて……そうして現世に根を下ろさんとするか」
イナリの振り返った先。鏡の中で、赤い目が光る。
それは、未だに形のないもの。形すら定まらないもの。語られ謳われ伝わり、誰もその正体を知らないままに存在するもの。そして、正体すらないもの。形を与えられる前の原初の呪い。
「祟り神……! まさか斯様な場所でその顕現にまみえるとは思いもせんかったわ……!」
「祟り、神……そう。そうだ。我は祟り神。語られるもの。謳われるもの。人を呪いつくし、殺し尽くすもの……」
「させんよ」
一斉に襲ってくるモンスターたちをイナリの光の矢が爆砕し、アツアゲがイナリの前に飛び降りて手を上げれば虚空から現れた2つのダイスが、勢いよく回転を始める。
『エマージェンシー、エマージェンシー。積み木ゴーレム、出撃準備開始。マスターとのリンクスタートします』
そんな謎の放送が響き渡ると同時に2つのダイスが輝き、その場に静止する。そして……示された、そのダイスの目は。
『2、3! 6! 6倍! 6倍!』
アツアゲの身体が急速に巨大化していき、かつてイナリと戦ったときそのままの巨体へと変わっていく。
『6倍積み木ゴーレム、出撃完了。行動開始します』
つい先程まで、モンスターに一瞬で破壊されそうであった……精々50センチほどの玩具のような大きさだったアツアゲ。しかしそれが6倍でおよそ3メートル。此処に居るモンスターたちの中で一番大きい2メートル超えのものよりも、更に大きい。
「ビーム」
アツアゲの放ったビームがモンスターを焼き、パンチとキックがモンスターを吹っ飛ばす。それでも祟り神の召喚する都市伝説モンスターたちは次から次へと地面から染み出すように現れる。このままではいずれ物量に押し潰されかねないようにも見える、この苦境。けれど……イナリの表情には、何の焦りも見えはしなかった。





