お狐様、舞う
東京第3ダンジョン。通称ウルフダンジョン。
今となってはたいしたことのないダンジョンだが、発生当時は大きな犠牲を払ったダンジョンだった。丁度日本政府が覚醒者にそっぽを向かれた頃に発生したダンジョンであり、色々と血生臭い歴史を持つ場所でもあった。
まあ、それも今は過去の話。ダンジョンを中心として復興し、それなりに人も戻ってきているのだという。
実際、ゲート付近には大きな広場や駐車場が整備され、そこには装甲車の姿も見えた。
「ほ、本部の……!? おつかれさまです!」
「はい、おつかれさまです。今日は此方の方の引率です」
「お気をつけて!」
ゲートの入り口の検問所に立っていた人員が全員立って頭を下げているところを見るに、日本本部の地位は相当高いものと思われる、のだが。
「同じ東京じゃよな……?」
「日本本部と東京支部は違うんですよ。ちなみにお給料も違います」
すっごい違います、と強調する安野にイナリは「う、うむ」と頷く。お給料は大切だから仕方ない。
「そもそも本部の仕事は各支部の統括なので、まあ色々と業務内容も違うんですが……お高く止まってると思われるのも良くないということで、通常の支部と同様の業務も一部行っているんですね」
「ぶっちゃけるのう……」
「狐神さんには正確に現状を伝えて良いと指示を頂いてまして。伝えても、それでどうこうということはないはずだ……だそうです」
「あー、それは秘書室長の」
「はい。あの人怖いんです」
怖いかはさておいて、なるほどあの短い会話で自分のことをよく理解したものだとイナリは思う。
(まあ、確かに浮世の事情にどうのこうのと口を出すつもりはないが……)
イナリ自身に危害が及ばない限りは、関わるつもりもない。人の世の不平等がどうのこうのなどといった話は、あまりにも手に余る。
「ま、その辺りはさておいて。行くとするかのう」
「ええ、行きましょう!」
頷きあいダンジョンに入ると、イナリは驚愕を通り越して呆れてしまう。
「これは……なんともまあ」
そう、そこは草原だったのだ。空には雲が流れ太陽が輝き、地面では草が揺れている。
時折生えている木も、草の香りもリアルで。背後にゲートがなければ、此処が何処だったか現実の認識が遅れてしまいそうですらある。
「此処がウルフダンジョンです。見渡す限りの大草原、クリア条件はボスである『グレイウルフ』の討伐です。それが為されない限りは……永遠にウルフが湧きます。しかも時間経過ごとに数も増えます」
「なるほどのう」
「つまりポイントとしては如何に魔法ディーラーを守るかというですね」
「ではまあ、こうしようかの」
イナリが指先から狐火を放てば、早速接近してきていたウルフが吹っ飛び魔石を残して消える。
―レベルアップ! レベル2になりました!―
「お、レベルが上がったのう。前回上がらんかったから心配しとったんじゃが」
「や、やりますね! でもウルフは」
「群れるんじゃろ?」
イナリの指に複数の狐火が浮かび、ウルフ3体を次々と吹っ飛ばしていく。
「え、ええー!? 無詠唱でそんな高速乱射を!?」
「ああ、今回は儂が全部出来るってところを見せるんじゃったか。すると……うむ」
イナリの動きが止まった隙を狙い、ウルフの一体が飛び掛かってきて……しかし、イナリの展開した光の壁に弾かれる。
「ギャン!?」
「け、結界!? そんな……最低でも中級下位ですよ!?」
「征くぞ、狐月。儂とお主の、これが正式な初陣じゃ」
その刀が軌跡を描くたび、ウルフが真っ二つになり消えていく。ただあの狐月とかいう刀が凄いだけではないと、安野は気付いていた。
あの踊るような不可思議な刀法、アレが強さの秘訣の1つなのだろう。
そしてそこに、あの規格外の力を込めた聖刀があれば……ウルフなど敵ではない。
何よりも先程の火魔法と合わせ、結界に今の刀術。ヒーラーとしての力こそ見ていないが、たぶん出来るんだろうなという信頼すら湧いてくる。安野の前にあるのは、それほどまでに圧倒的な光景だった。
「ハハハ、面白いのう! れべるがどんどん上がっていくぞ!」
まさに敵などいない。まるでイナリの為に用意された舞の舞台であるかのようなこの場所で、何かが飛ぶように走ってきて腕を振るう。
その一撃は飛びのいたイナリには当たらなかったが……そこにいた狼男といった風体の何かにイナリは驚いたような声をあげる。
「おお? なんじゃあ?」
「え!? ワーウルフ!? こんなところに出ないはずじゃ……ま、まさかユニークモンスター!?」
「ゆにーく?」
「気を付けてください! そいつはウルフとは比べ物にならないです!」
「ほー……そいつは気を引き締めてかからねばのう?」
イナリ(ゆにーくって、どういう意味じゃったっけ……聞き覚えはあるんじゃよ)