お狐様、利島へ向かう4
「なんとまあ……八つ裂きときたか。物騒じゃのう」
とはいえ、明確な殺害宣言だ。「きさらぎ駅」にそんなパターンがあるとは都市伝説の本には載っていなかったが、電車関連の都市伝説は幾つかあったのでそれかもしれない。イナリが駅事務室を出てホームのほうへ視線を向けると、3両編成の電車がゴトンゴトンと音を立ててホームに入ってくる。
『八つ裂きー、八つ裂きー』
聞こえてくるアナウンスと、プシューッと音を立てて開く電車の扉。そして……車両の中から飛び出てくる、無数のサルのような怪物たち。文字通りに人を八つ裂きに出来そうなサルたちは、まるで駅員のような服を纏いイナリへと襲い掛かる。
「キキキ!」
「キイイイイイイイ!」
殺意だけがその身に存在するような恐ろしげな顔と、鋭い爪。そんなものを持つサルの群れは死の津波の如きだ。しかし、しかしだ。それはサルを一撃でどうにかする手段がない場合に限る。
「悪いが死因は変更じゃ」
イナリの手のひらに、そして周囲に浮かぶのは狐火。それらは一斉にサルたちへと向かい、一撃でサルたちを仕留めていく。文字通りの必殺。そして更に、アツアゲがひょっこりと顔を出す。
「ビーム」
残っているサルを狙撃して倒し、イナリの再度の狐火が残りのサルをも仕留めていく。爆死。まあ死因としてはそんなところだろうが……やがて電車からは1匹のサルも出て来なくなり、電車は扉が閉まることもなくホームに停まったままになっていた。
「さて、さて。なんともかんとも……性格が悪いのう」
開いた電車の扉のその奥。座席に1人の女が座っているように見える。魔法使いの装備をした女はどうやら偵察隊の一員であるように見える……が、電車の座席に倒れこむようにして動かなくなっている。先程の「矢田部」を思い返すに偽物の可能性は非常に高いが、確認しないわけにもいかない。
イナリはホームに上がり、電車に足を踏み入れて。その時点で背後へ飛び退こうとして眼窩に黒い闇の溜まった女に凄まじい速度で足を掴まれる。
「一緒に死ニまシょう?」
「怪異が本人を気取るか!」
『次はー、真っ二つー、真っ二つー』
「せい……やあああああああああ!」
イナリの狐月が怪異の腕を切り、そのままの勢いで電車の床を切り裂く。何やら電車の奥からやってくるチェーンソーを持ったサルたちを無視し、イナリは閉まろうとする扉を狐月で切り裂いて外へと飛びだし転がる。
「狐月、弓じゃ!」
そうして変化した狐月の弦を引き、イナリは光の矢を引き乱射する。いつもの光線の如きものと比べると大分威力の低いものだが、一発撃つ度に車両が吹っ飛び破壊されていく。そうして電車が消えていくと魔石が残されるが……次の電車が来ないことを確認しながらイナリはふうと息を吐く。
「ほんに性格が悪いのう。さて、どうするべきか……」
どうやら偵察隊の偽物が出てくることはもう向こうの戦術として確立しているようだ。
本物に似せた偽物、偽物と思わせて本物。どちらもあり得るのが実にいやらしい。
「ま、しらみつぶしじゃな」
幸いにも地図は見つけた。次は病院とやらにでも行くべきか、それとも住宅街か。駅事務室から地図を持ってくると、イナリは「むっ」と声をあげる。住宅街の端っこに「ゲートの有無の確認」と書かれているのが見える。
なるほど、此処が埼玉第4ダンジョンと同様の場所であるのなら、そこに出入り口があるかもしれないと考えたのだろうか? まあ、可能性を探るうえでは悪い手ではない。
(やはり、あのへりこぷたあは動かなんだか……それで誰もいなかったのじゃな)
丸山たちを途中で帰して正解だったとイナリは思う。もし最初の計画通りに利島に上陸させていたら、海岸に動かないヘリコプターが2機並ぶような状況になっていたかもしれない。少なくともイナリの考える限りでは、今……この利島に安全な場所はない。「きさらぎ町」とやらはこの利島に都市伝説たちによって作られた異界そのものであり、胃袋の中も同然だ。
だからこそ、偵察隊はもう全員死んでいる可能性を考えなければならない。ならないが、万が一の可能性は潰しておきたい。だからこそ、イナリは夕焼けのきさらぎ町を歩いて住宅街へと向かっていく。
その途中にあるのは商店街だが……どのお店にも人の姿はない。そんな商店街を抜けて歩いていくと、住宅街へと辿り着く。そしてそこでは、またカレーの香りがしていた。どの家にも明かりが灯っていて、まるでそこに人がいるかのような感じが漂っている。
しかし、いるはずもない。イナリが試しに近くの家の扉を開けてみると、そこには……あの廃村が廃村となる前に住んでいた住人の姿があった。
「あら、イナリちゃん! どうしたのこんなところで」
「痴れ者が」
イナリの放った狐火が、居るはずのない者を吹っ飛ばし魔石をドロップさせる。
なるほど、此処は旅愁でも誘い人を引き込む罠……という感じなのだろうか?
しかし、しかしだ。元々そんなものは通用しないが、騙されない決定的な理由が1つある。
「儂はあの村で誰とも話したことはないんじゃよ。名前すらなかった……そんな儂の『名』を親しげに呼ぶはずもなかろうが」
イナリだからこそこの罠は通用しなかった。しかし他の者はどうだろうか……ここに来ていたのだとして、更に生存率が下がったことをイナリは感じ取っていた。





