お狐様、覚醒者協会に行く2
「丁度1年前。この日本本部の幹部の家族が行方不明になりました。当然その幹部も覚醒者ですので警察に任せるだけでなく独自に捜査し……結果として、どうにもただの失踪、あるいは誘拐ではないという結論に達しました」
しかしながら具体的にどういう経緯で何が起こったのかはサッパリ分からなかった。しかし尋常の事件ではないことは確かであり、日本本部から月子に調査依頼がいくことになったのだ。月子で見つけらないのであればこの事件の解決は無理だろうと、そう考えていたのだ。
かくして、事件のある程度の概要は掴めた。その始まりが少なくとも10年前という、恐るべき調査結果と共に。
「結論から言うと、犯人はモンスターです」
「ふむ……具体的には?」
「およそ74%の確率で埼玉第4ダンジョンの『都市伝説』であるとのことです」
そう、埼玉第4ダンジョンの「都市伝説」タイプのモンスターたちは、その特殊な能力で知られている。何らかの条件を満たすことで能力を発動させるモンスターや、異界に相手を引きずり込むモンスターもいる。
「異界……四次元婆のような存在、ということじゃの?」
「その通りです。四次元婆は異界を作るモンスターの1体ですが、実は埼玉第4ダンジョンには似たようなタイプのモンスターが何体か存在します。そしてそれらは、かつてのモンスター災害時の生き残りがいる可能性が示唆されていました」
「それが確定したわけじゃな」
ダンジョンの性質上、モンスター災害が起これば同じモンスターが複数外に出る可能性は当然存在する。だから、倒したと思っても同じモンスターが何処かに消えている可能性も充分にある……そう、伊東での事件と同じようなことが起こっている、ということだ。ただし、今回はそれよりももう少し深刻な話になる。
「異界が、現実に浸食してきています。真野さんが漏れ出た魔力の観測に成功していなければ、私たちは今でも気付いていなかったはずです」
そう、数日前……月子が「人間を誘拐する際」に一瞬開いた異界の魔力を検知した。そのときは場所の特定にまでは至らなかったが、つい先日。なんとか特定に成功したのだ。
「場所は……利島です」
利島。伊豆大島と新島の間に存在する小さな島である。かつての時代は利島村が存在していたが、海が人類の支配地域ではなくなったことにより人が住まなくなった離島の1つである。伊豆大島は覚醒者の護衛をつけた船や航空機があるのでどうにかなっているが、流石に小さな離島は費用や安全性などの問題でどうにもならないところも多く出た。
しかし、少なくとも衛星などによる観測写真では何も問題ないはずだったのだ。けれど……月子の協力の元測定してみると、ダンジョンがあってもおかしくないほどの魔力濃度が観測されたという。
「その報告を受けてすぐに偵察のための第一陣をヘリで送りました。しかし、初回の報告以降連絡が途絶えています」
間違いなく異界内に侵入し、そのせいで連絡が途絶えていると考えられた。そして現時点でも異界から出てきていない。偵察が任務だと分かっている彼等がそうなっているということは、内部にはかなりの戦力がいると予想された。ならば、慌てて第二陣を送ったところで同じ結果になるだけだ。少なくとも、ランカー級の実力者を送らなければならない。トップランカーならば尚良い。
そして現在連絡がつくトップランカーは2位の「プロフェッサー」……すなわち月子と4位の「潜水艦」、5位の「黒の魔女」。しかし「潜水艦」は水中戦闘が専門、今回には向いていない。「黒の魔女」は数日前から本部の要請で四国に行っている。呼び戻すわけにもいかない。
「……しかし真野さんが行くと、利島が海に沈む恐れがありまして……」
「スキルが使い難いのしかないのよ。それでもいいなら行くんだけど……」
「そういうわけにはいきません。そこで対処できそうな覚醒者をリストアップした結果、狐神さんが一番可能性が高いという結論になりました」
そこまで言うと、青山は深々と頭を下げる。
「狐神さん。この件……どうかお受けいただけないでしょうか。覚醒者協会でも可能な限りのサポートは致します」
「ええよ」
「勿論無理を言っていることは重々理解しております。お受けいただけましたら……え?」
「ええよ。その話、受けようではないか」
「え、ええ? その、相当に危険な話ですが」
「じゃから儂に頼みたいという話なんじゃろ? ええよ。丁度都市伝説とやらのことも気にしとったところではあったしの。これも何かしらの縁じゃろ」
あまりにもアッサリと請け負うイナリに、月子は「うーん」と理解しがたいといった声をあげる。
「よく考えた方がいいわよ。私が言うのもなんだけど、本部案件は割に合わないのが多いわよ」
「難しい案件をご紹介することが多いのは申し訳ないとは思っておりますが、それもまた信頼の証でして」
「構わんとも。請われ、願われた。儂が動くにはそれで足りるからのう」
割に合うか合わないか。そういうのには、イナリはあまり興味が無いのだ。
今も昔も……この瞬間も。助けを求める声をイナリが無視することは、ない。
青山(こっちのほうが勇者っぽいな……)
月子(こっちのほうが勇者っぽいわね……)
イナリ(何かと比べる目をしておる……)