お狐様、覚醒者協会に行く
「え、アレってまさか……」
「だよな。え? なんで本部に?」
そんな声が響くのは、覚醒者協会日本本部である。
覚醒者協会。それは世界中に存在するが、日本における本拠地は何処かといえば「日本本部」が答えになる。ちなみに東京支部は東京地域における各種業務をこなす支部であり、同じ東京勤務でも本部職員と支部職員では色々と違うが……ひとまずさておこう。世知辛いので。
ただ、ちょっと付け加えると本部にも様々な覚醒者のための窓口があるので、東京支部は「本部まで行くのめんどくせえし……」みたいなのしか来ない。可哀想だ。
そんな覚醒者協会日本本部は日本の覚醒者を統率する実質司令塔であり、安全を守るための要であるともいえる。
具体的には支部で解決できそうにない案件などは本部へ持ち込まれ、本部はそれを担当している覚醒者へと回すわけだが……一部を除けばトップランカーたちが日本本部にサポート役や窓口があるといえば、本部の影響力の高さが自然と分かるというものだ。
そして、そんな日本本部に今、1人の少女が来ていた。狐耳が頭の上で動き、狐尻尾が揺れる巫女服の少女……そう、狐神イナリである。
本部には呼ばれでもしない限り顔を出さないイナリだが、日本本部には向上心のある者や夢溢れる新人が来ているので、イナリの顔をニュースなどで当然のように知っていた。
「まだソロなんだろ? 俺たちと組んでくれないかな」
「ダメに決まってんだろ。ソロであれだけの成果上げてんのに」
「かわいい……私もああいうのがよかった……」
なんだか色々と聞こえてくるが、そんなイナリに向かって歩いてくるのは本部職員の一人……いつもの安野ではない。出来る男といったタイプのその男は、眼鏡をキラリと光らせる。秘書室長の青山。日本本部においては、本部長の懐刀と言われる程度にはエリートだ。そんな青山は、イナリの前に立つとしっかりと頭を下げる。
「本日はありがとうございます。その後、いかがでございましたか?」
「儂は変わりなしじゃ。そちらは如何かの?」
「ええ、おかげさまで当協会も高い評価を維持できております。さあ、此方へ。ご案内いたします」
青山に案内されて本部の奥へと入っていくイナリを見送り、その場にいた覚醒者たちは顔を見合わせザワつく。まあ、当然のことだろう。秘書室長の青山の顔はテレビなどでも出るので覚醒者でなくとも知っている者は多い。
そんな青山が自らイナリを迎えに来た……これは覚醒者協会でイナリが相当に重要視される立ち位置にあるということを示しているといっていい。
「やっぱりランクがある人は違うな」
「俺もいつかは……」
「待って。なんか悲鳴聞こえなかった? 凄い勢いで遠ざかるみたいな……」
「え? そう?」
それはエレベーターに乗って急上昇するイナリの悲鳴だが、さておいて。応接室に通されたイナリは、そこに居た先客に気付き「失礼するのじゃよ」と軽く挨拶をする。
「ん、どうも。その子が例の?」
「はい、真野さん。こちらが狐神イナリさんです」
「……ふーん」
「狐神さん、こちらは真野月子さんです」
「む、その名前は確か……」
イナリは最近もその名前を聞いたばかりだ。
トップランカーの2位、『プロフェッサー』真野 月子。
ぼさぼさの少しばかり天然パーマの入った髪と、太陽をあまり浴びていない白い肌。化粧っ気こそないが、綺麗好きではあるしケアもしているのだろう、肌の輝きは素晴らしいものがある。しかし眠そうな目と野暮ったい眼鏡はそういうものに興味が無いと宣言しているかのようでもあり、ジーパンにシャツ、白衣を着込んだ姿はなんとも1度見たら忘れられそうにない。
ちなみにイナリには英語なのでちゃんとは読めないがシャツには「I am Hamburger!」と書いてある。何故なのかは分からない……何処で買ったのだろうか?
「そうです。『プロフェッサー』の異名を持つ日本第2位のランカーです」
「おお、よろしくのう」
「よろしくするかどうかは分かんないわよ」
「コホン。私から説明をさせていただきます」
傲慢……というには日本で2位という実力は「相応しい態度」と言えてしまうのだが、青山としてもそうなのだろう、月子に何か言うでもなく、自分が説明をする方向へと持っていく。
「実は真野さんにはここ数カ月の間、とある事件について調査をしていただいていました」
「事件? 数カ月がかりとは何やら穏やかな話ではなさそうじゃが」
「はい。ですが、事件に関しては相当に昔から発生していたようです。といっても、当時は警察が捜査していたのですが……」
始まりは、およそ10年前。あるいは、もっと前からだったのかもしれないが……それに関しては分からない。少なくとも認識している最初の事件は10年前ということだ。
「当時、行方不明になったのは1人の男性教師でした。その日は学校で残業をしていたようだったのですが……次の日の朝には職員室の電気などが点いたまま、書類もコーヒーも、鞄すらそのままに本人だけが消えたそうです」
それは不可思議な失踪事件として捜査も進まないままに忘れられようとしていた。しかし、この事件は……それでは終わらなかったのだ。