お狐さま、家でゆったりする
イナリが池袋に行ってから、数日経過した週末。ヒカルがイナリの部屋に遊びに来ていた。
フォックスフォンのライバル企業であるライオン通信のイメージキャラであるヒカルだが、イナリもヒカルもその辺りは全く気にしていない。というか、企業同士がライバルで張り合っているのは企業の事情であり、イメージキャラの2人にはあまり関係ない。というか、あんまり不仲そうにバチバチやり合うのもよろしくないのだ。
「業種としてはライバルだけど覚醒者としては協力してモンスターに立ち向かうんだ!」的な姿勢が理想的な覚醒企業というものであり、たとえ机の下で足を蹴り合っていても机の上ではニッコニコで肩を抱き合うような……まあ、そんな風な感じである。
つまりイナリとヒカルが仲良くしているのは良いことであり、イナリのやることに基本何も言わないフォックスフォンだけでなく、ヒカルの契約しているライオン通信も何も言わないのだ。というかライオン通信の場合はヒカルに「かわいいキャラ」を作らせていることもあり、プライベートでイナリの家に遊びに行くときには送迎車を出す提案もしてくるくらいである。
勿論企業経営は遊びじゃないのでイナリとつなぎを作っておく目論見もあるだろうが、それはさておこう。とにかく、イナリの家はヒカルにとって一種の癒しスポットと化しているのだ。そんなヒカルは、イナリから紫苑や池袋の話を聞いて「はー……」と声をあげていた。
机の上の大皿に盛られたおにぎりはイナリのお手製だが、ヒカルが手伝ったものも混ざっていた。ちょっと塩もきいていて、しかもイナリが握ったものは可愛い三角形になっている。ヒカルが握ったのが丸いのと比べると、技の違いをヒカルとしては感じてしまうのだが……それはさておいて。
「埼玉第4って、そんな感じなんだなあ」
「うむ。まるで本当にありそうなだんじょんじゃった」
「しかしまあ、それで池袋まで行って本読んできたってのも面白ぇけどな」
「知識は多いにこしたことはないからのう」
「そだな」
ヒカルからみればイナリは知識が足りないとは口が裂けても言えない。
しかし、様々な知識が物凄く古いと感じる部分は所々あるのは事実だ。そこからのアップデートが重要なわけだが、普段の生活に必要な部分は自分で適宜学んでいるし、図書館に行くような勤勉な部分もある。そういう意味では、たぶんヒカルがどうこう言う部分は存在しない。少なくともヒカルは図書館なんて行かないからだ。
(不思議だよな。こんなのが居たら、何処かで噂になってそうなのに……そういうのは一切なかったし。とはいえ、人様の過去に色々ツッコミ入れんのもなあ)
人格者で、強くて、多芸で、とんでもない力を持っていそうな装備を持っていて。それでいて、どうにも『使徒』ではない。
イナリにも秘密にしているが、ヒカルは【全ての獣統べる万獣の王】と名乗る存在と『使徒契約』と呼ばれるものを結んでいる。
その正体は不明だが、恐らくは神様か何かだろうとヒカルは考えている。使徒契約をすることでヒカルは今までとは比べ物にならないほどの成長と、その成長速度に相応しいジョブ『獅子王』を手に入れることが出来た。
強靭で強力な肉体と、それを活かすスキル。格闘においては上から数えたほうが早いほどのものを手に入れたとヒカルは自負している。
問題は【全ての獣統べる万獣の王】が何を考えているかだが……唯一あった指示は「好きに生きよ」だった。
それがそういう意味を含んだ指示なのかは分からないが、イナリをヒカルの目を通して見てみたいと伝えてきた以降は、イナリに対する言及もない。
(まさかイナリも使徒とか……? いや、でもそうなら神様が何か言ってくるよな)
まあ、言わないかもしれないが……少なくともヒカルに害をなす存在ではないと考えているのは確かだ。何しろこの神様は、そういうヒカルに害をなしそうな要素に敏感で、結構な頻度でメッセージを送ってくる。少し前などは「怪しい奴が尾行している」といったようなメッセージを送ってきたこともある。
……そんなこともあっただけに、ヒカルは神様に関しては結構な信頼をしている。もっとも、男か女かも分からないので四六時中見ないでほしいと伝えたら悲しそうな顔をしていた……らしいのだが。
そんな神様からちょうど送られてきたメッセージに、ヒカルはピクリと眉を動かす。
「む? どうかしたかの?」
「いや……」
イナリには見えていない、ヒカルにしか見えない【全ての獣統べる万獣の王】からのメッセージ。
『【全ての獣統べる万獣の王】は、怪しげな噂話に関わるべきではないと忠告しています!』
それがどういう意味なのか、ヒカルにはどういう意味なのか判断しかねていた。怪しげな噂話。先程のイナリとの話の流れからすると、埼玉第4ダンジョンか都市伝説か……どちらかの話か、あるいは両方であるのは間違いない。
だが……それが「何故」なのかサッパリ分からない。分からないが……ヒカルとしては、神の忠告を馬鹿なことだと切り捨てることは出来なかった。だから、ヒカルは一言だけイナリに伝えることにする。
「ま、そんな怪談話はやめようぜ! 下手に関わると寄ってくるっていうしな!」
「ふむ……儂としてはもんすたあ災害に外に出た連中の生き残りがいるなら、対処しておきたいというのが本音なんじゃがの」
「あー……そういう……」
そこまでいけば、ヒカルにも理解できてしまう。間違いなく「それ」はいる。しかも、神様が忠告するレベルの何かヤバいものが。しかし、神様が警告してくれたなんて荒唐無稽にしか聞こえないだろう話をイナリにしてどういう反応をされるか少し怖かったヒカルはそれ以上何も言うこともできず……「そっか」とだけ頷いていた。