覚醒者協会は儲かってます
翌日の朝。イナリがインターホンに応対してドアを開けると、そこには完全装備の安野が立っていた。
金属の兜に鎧、金属を貼り付けたブーツに短槍と、大きな盾まで背負っている。
「……覚醒者じゃってのは昨日聞いたが、その物々しい恰好を見ていると本当だったんじゃなあって思うのう……」
「え、ひょっとして疑われてました?」
「ん、まあ。そんなに強くなさそうじゃったし……?」
昨日会った宅井や丸山、そして青山の方が強いだろう。まあ、マッチングサービスの連中よりは強そうだが。それを加味しても、そんなに強そうではないという評価になってしまう。
恰好からすると、昨日言っていたタンクのようだが……安野は覚醒者カードを自慢げに見せてくる。
「何を仰いますか。覚醒者協会は上から下まで全員覚醒者なんです! 覚醒者のことを分かっているのは覚醒者だけですから!」
(闇を感じるのう……)
まあ、その辺も色々あったのだろうとイナリは察して何も言わないことにする。
とにかく安野は覚醒者であるらしく、薄い青色のカードであった。たぶん初心者ではないという意味なのだろう。
名前:安野 果歩
レベル:31
ジョブ:ソルジャー
覚醒者協会日本本部
「む、何やら銀色の線が入っておるのう?」
そう、安野のカードには名前の上に銀色の太い線が入っていた。何か特別な意味があるのかとイナリが聞けば、安野はえっへんと胸を張る。
「これはですね、遠目に見ても覚醒者協会の人間ですよって示すためのものです!」
「ふーむ……」
何故そんなものが必要になるのか? 遠目でそんなものを判断する必要性を考えて、イナリは「ああ」と頷く。
「そうか、結構治安悪いんじゃな? そういうのがないと矢でも射かけられるような場面があるんじゃろ」
「うっ! いえ、まあ……そういう犯罪を防ぐためにもですね? こういった示威行為は重要でして」
「やっぱり仲間は要らんのう。背後を気にするのは疲れるのじゃ」
「とにかく行きましょう! ね! ほら、準備をお願いします!」
「準備も何も。この身1つで充分じゃが」
武器は狐月があるし、防具は巫女服があればいい。だからイナリはそう言うのだが、安野からしてみればそうではないらしい。
「え? でも杖とか、せめて鎧とか」
「いらんいらん。欲しけりゃ自前でどうにでもなるでの」
「はあ、ではまあ……どうぞ、お乗りください」
昨日散々怒られたのか、妙なおせっかいは焼いてこないが……やはり気にはなるようだ。
ともかく、乗れと言われたからには乗るべきなのだろうが、安野が指し示したのはドアの空いた大型のボックスカーだった。随分とゴツいが、いわゆる装甲車というものなのだろう。
中に入れば、内装は装備を付けたままでも問題ないようにかなり配慮されたものになっている。
「ドロップ品を加工して作った頑丈な内装になっているんです。覚醒者がトゲトゲな装備を着けて乗っても傷1つつきません!」
「ふうむ。確かに力を感じる……今の時代はこういうものが多いんじゃのう」
「はい!」
事実、覚醒者用の車は非覚醒者でも欲しがる高級車だ。
頑丈な装甲に丈夫な内装、多少の環境変化にも耐えうる能力を備えたものもある。
動くシェルターとはよく言ったもので、タイヤですら旧時代の地雷程度なら防げる……グレードのものもある。その辺りは財布と応相談だ。
勿論覚醒者協会の車が最高グレードであるのは当然であり、今イナリが乗っているのもそうであった。
「ほー、儲かっとるんじゃのう」
「確かに覚醒者協会そのもので言えば、日本でも最大のお金が集まる場所です。ただそれはこうしたサポート用装備や各種の支援などに使われているんです」
「うむうむ、左様か」
イナリとしてはその辺の事情にはあまり興味はない。浮世を上手く泳ぐのも才能で、その上手く泳いだ覚醒者協会は、どうにもイナリを気にかけている。その事実が分かれば、あとは好きにやってくれて構わないのだ。
「それで? 今から行くだんじょんはどのような場所なのかの?」
「あ、はい。これから行くのは通称『ウルフダンジョン』でして、その名の通り狼型モンスターが現れます。初心者を脱した程度の覚醒者にオススメしているダンジョンですね」
「ふーむ、狼のう……」
「ゴブリンに慣れていると文字通りに足をすくわれる相手です。大抵の覚醒者は此処でパーティの重要さを学ぶんです」
なるほど、狙いは見えたとイナリは思う。なんだかんだとイナリに「パーティはいいぞ」と思わせたいのだろう。安野がカッコよく助けて「ほらタンクがこういうときに必要なんですよ」と言うつもりなのかもしれない。
しかしまあ……そう簡単にはいかない。何故なら此処に居るのは、イナリだからだ。
(まあ、百聞は一見に如かずというしの。しっかり見てもらうとするかのう?)