お狐様、池袋に行く3
児童書コーナーといってもあるのは絵本ばかりではない。分かりやすく記された本や多様な文学、そして様々な図鑑など、大人でも大きな学びのある本も児童書コーナーに分類されていたりする。それは図書館という場所が子どもを見くびらず、興味のままに多様な学びを得てほしいという願いを込めているから……なのかもしれない。
そしてイナリの探していた都市伝説の本も、確かにこのコーナーに存在していた。
「丸わかり都市伝説大辞典。ふむ……これかのう」
試しに開いてみると、目次にずらりと並んだ都市伝説の名前。なるほど、どうやらこれらしいとイナリは座り本を読み始める。
人面犬、口裂け女、赤マント、四次元婆……あの埼玉第4ダンジョンで出会ったモンスターの名前もそこには確かに載っている。きさらぎ駅という項目もあり、そういえばあのダンジョンの案内板には「きさらぎ町」と書いてあったな、などとイナリは思い出す。確か駅もあるという話だった。
そうして読み進めていけば、どうにも都市伝説とは人の生活の延長線上に存在する物なのではないか……などとイナリは思い始めていた。
「ふむ……普段の生活をしていると、ふと紛れ込んでしまう。出会ってしまう。そういうモノが多いように感じるのう」
いわば理不尽そのものであり、誰もが出会う可能性がある。その在り方は妖怪の類と然程変わりはない。たとえば道端で突然のっぺらぼうに会うのと人面犬に会うのでは、出会ったモノが違うだけで性質自体は然程変わらないと言えるだろう。
しかし、その非日常自体は確かに普段住む世界とは違う「異界」であるのだろう。つまりあの埼玉第4ダンジョンは、そういうものを体現しているといえる。
(しかし、そうなると厄介じゃな。もしあのだんじょんに居たもんすたあ共が世界に紛れ込んでいるのなら……伊東にいた連中よりも馴染んでいるやもしれぬ)
そう、今現在存在している固定ダンジョンは、どれもモンスターが溢れ出しモンスター災害を引き起こしている。勿論、大抵のモンスターを倒し平和を取り戻したのが「今」であるわけだが……行方不明になったまま機会を狙っていたモンスターがいたことを今のイナリは知っている。
そんなもの上手くいかない場合も多いだろうが、今回実際に埼玉第4ダンジョンに入ってみて「都市伝説」に関しては潜んでいても分からずに誰もが暮らしている……そんな可能性もあるのではないかとイナリは考えるようになったのだ。
そして今、こうして都市伝説の本を読んでいると、その疑いはどんどん色濃くなってくる。勿論、不可思議な殺人事件でもあれば誰もが疑うはずだ。そうなれば対処されて、漏れが出てくるとは思えない。思えない、のだが。
これはもしもの話だ。紫苑は都市伝説について知っていた。こうして本にもなる程度に都市伝説とは今の時代に伝わる知名度のものと考えていい。だとすると、覚醒者というものが存在するこの時代……多少の不思議はそういうものと流している可能性はないだろうか?
あるいは、より一層「ただの怪談話」と信じないがゆえに潜む都市伝説の怪物の仕業と気付かないことがあるのではないだろうか?
(無論、これがただの儂の杞憂。都市伝説に振り回されているだけという可能性は、勿論あるがの)
しかし、しかしだ。それを無いと決めつけることで出る被害は如何ともしがたい。前回の伊東の件では、市長や企画会社の男、市役所員など……未だに目覚めていない者も多いという。それをイナリがどうこう出来たとは思わないが、都市伝説のような「その場で獲物を狩る」タイプのモンスターであればイナリが見つけて対処した時点で以降の被害を防ぐことができる。
そして、それをするためには「どういう都市伝説が存在するか」を知らなければならない。
そう、つまりこの本を読みこむことでいち早く「どういう相手か」を知ることが出来るはずだ。
「ふむ、怪人赤マント……」
怪人赤マント。
赤いマントが欲しいか、青いマントが欲しいかと聞いてくる。赤いマントを選べば血塗れで殺されて、青いマントを選べば血を抜かれて真っ青になって殺される。
「理不尽な怪異じゃのう……というか、どれもこれも……殺意が高くないかえ?」
まあ、都市伝説はそういうものが多いのは否定できないだろう。入り込めば殺される村。辿り着くと二度と帰れない駅。夢の中で乗車する、死の近付く電車……イナリの言う通り、どれも非常に殺意が高い。他にも路地裏に入り込むと辿り着く知らない町やバスの終点がこの世に存在しない町だった……など、電車というものが消え去った現代だからこそリアルに語られるのであろう都市伝説なども載っている。
「……ふむ。そういえば確かに電車はもんすたあ災害の影響で消えたんじゃったか……」
イナリは乗ったことがないので少しだけ残念だが、そうなると電車関連の怪異は「外」に居ようものなら誰でもすぐ分かるだろう。これに関しては居ないと考えて良いのかもしれない。
「しかし結構面白いのう、これ。いんたあねっとの怪異もあるとは……ううむ……」
そうして時間は瞬く間に過ぎていくが……欲しい情報を手に入れることが出来たイナリは、ご満悦で図書館を後にするのだった。





