お狐様、池袋に行く2
そんな少女たちの小さな幸運はさておき、イナリは無事に池袋大図書館へと到着していた。
池袋大図書館。それは地上3階、地下2階で構成された大規模な図書館だ。運営は国ではなく覚醒企業であり、入場料を取り運営している……が、それゆえに図書館員や司書も、その全てが覚醒者である。
これは池袋大図書館という場所の高い安全性を証明しているともいえるだけに入場料に文句を言う者はほぼいないという。ほぼいない、というのは少しはいるということだが、いたところで何が出来るのかという話ではある。さておき、今日はそういうのはいないようで……イナリは入場料を覚醒者カードによる引き落としで払い入場していく。
「うむ……想像以上に凄いのう」
一面に並んだ本棚と、それを読むための机に椅子。静かな場所で読みたい人のための……別料金ではあるが読書室もある。しかしながら、イナリはそちらには興味がない。興味があるのは単純に本であり、案内図を見ながら「うーむ」と唸る。
「雑誌、歴史、さぶかるちゃ、地理、海外、文化……うーむ。文化かのう?」
「何かお探しですか?」
「む? うむ」
声をかけられ振り返れば、そこには池袋大図書館の職員の姿がある。恰好こそラフな服……恐らくは私服だが、職員であると分かるように統一されたエプロンとバッジを着けている。
ちなみにイナリは知らないことだがこのエプロンは覚醒者用に作られた特別製……つまりは使用人被服工房の服と同じ類のものだ。具体的には普通のナイフや銃程度はいとも簡単に弾く程度の防御力は備えている。
「お探しの本について教えていただけましたら、お手伝い出来ますが」
「それは助かるのう。実は都市伝説の本を探しているんじゃよ」
「都市伝説……ですか?」
「うむ。あるかの?」
「そ、うですね……その……」
「うむ?」
言い辛そうにする職員にイナリが首をかしげると、やがて「はい、ございます」と答える。
「その。児童書のコーナーにございますが……ご案内しますか?」
「あ、うむ。お願いできるかの?」
「はい。あ、いえ。やはり本をお持ちしましょうか?」
「そんな手間をかけさせるのも悪いじゃろ。案内だけしてくれればええ」
「では……ご案内します」
何をそんなに言い辛いことがあるのかとイナリは思うが、その理由はすぐに理解できた。
図書館の中でもそれなりに人通りの多い区画に透明な壁で区切って設置された、安全性を特に重視した小さな本棚の並んだ場所。それがこの図書館の児童書コーナーだ。すぐ近くに職員が常駐するカウンターを設け、万が一が起こらないようにしているが……そこに職員がイナリを伴って現れると中にいる数人の子どもがワッと声をあげる。
「イナリちゃんだー!」
「わー、イナリちゃん!」
「すごーい!」
「えーと……その。やはり本を持ってきますので」
「いや、ええよ。かわいいもんじゃ」
「あっ」
イナリがスタスタと中に入っていけば、当然のように子供たちが走り寄ってくる。まあ、当然だ。イナリが自分をどう思っているかはともかく人気の覚醒者とはアイドル……子どもにとってはスーパーヒーローであるかもしれない。そんな「テレビの中の人」の本人がやってくれば、こうなるのは目に見えている、のだが。
「あそぼー!」
「これこれ。図書館は本を読む場所じゃよ」
「えー、あそぼうよ!」
「ふむ。では絵本でも読むからの。好きな本を持ってくるとええ」
イナリが絨毯敷きの床に座れば、子供たちが本を持って我先に近くに座っていく。
「じゃあこれ! ハーレム太郎!」
「はあれむ? えーと何々。昔々あるところにモテモテのおじいさんと37人のおばあさんが……うむ」
本を閉じると、イナリはそっと床に置く。これを描いた絵本作家に会う機会があったら結構本気で説教しようと思ったが、ひとまずなかったことにする。
「ちなみに他の本はどんなのかの?」
「はい、逆ハー姫!」
「……うむ。えりざべえとは11人のいけめんと仲良く暮らし……ちょっと待っているのじゃよ」
イナリは笑顔で立ち上がると、近くでまだ様子を見守っていた職員の前まで歩いていく。
職員はちょっと目が泳いでいたが、笑顔のままイナリは職員を見上げる。
「……もっとこう、絵本とは穏やかなものだったと思うんじゃがー?」
「情報の海に知識のないままに放り出されるよりは、色々なジャンルに触れたほうが結果的に良い子に育つという意見もありまして……」
「まあ、人様の子の教育に口を挟む気はないがのう……」
まあ、かつての時代とは色々なものが変わったのだ。子どもの教育事情も変わったのかもしれないが、イナリには変化が凄すぎてまだついていけない部分も多い。まあ、ハーレム太郎はそういうのじゃない気もするのだが。
「こっちの桃太郎にせんかえ?」
「あ、知ってるー。桃太郎って覚醒者なんだよね!」
「おお、今の時代はそういう解釈になるんじゃのう……」
確かに犬やらキジやらと会話して鬼と戦う桃太郎は今の時代からすると覚醒者としか思えないかもしれないが、そういう意味では桃太郎は今は最先端の冒険物語なのかもしれない。そんなことを考えながらイナリは絵本を読み……子どもたちがスヤスヤと寝たのを見届けてから、目的の本を探すべくゆっくりと立ち上がった。
イナリ「ま、寝かしつけといえば読み聞かせじゃからのう」