お狐様、いらないことに気付く
埼玉第4ダンジョンの転送場所。いつも通りに勤務していた職員は転移してきたイナリと紫苑を見て思わず時計を確認してしまった。4位がいるのだから早いだろうとは思っていたが、まさかここまで早いとは思わなかったのだ。
「お、お帰りなさい。まさか都市型で此処まで早いとは……」
「うむ」
「ん」
イナリの手にあるのは、銅の報酬ボックス……下から2番目だ。とはいえ、キラキラと銅色に光る包み紙で包装された箱は、変なプリントの報酬ボックスよりは余程豪華そうにイナリには見える。
「開けてみるかえ?」
「いいの?」
「ええよ」
イナリから報酬ボックスを受け取った紫苑が丁寧に包み紙を剥がしているのを余所に、イナリは神隠しの穴から魔石やらドロップアイテムやらを出して、最後に手鏡を置く。その姿を見て机の前にいた職員が「え……アイテムボックス?」と驚愕しているが、いつものことなのでイナリは気にしていない。
「で、後は……」
「出たよ。たぶん中級ポーション」
「おお! 流石ですね!」
イナリが何かを言う前に、走ってきた鑑定役の職員が声をあげる。少し立派な感じの瓶に入った赤い液体は、鑑定すると間違いなく中級ポーションだった。ポーションとは回復薬のことだが、赤いものはライフポーション、青いものはマナポーションと呼ばれている。
そして瓶の豪華さで下級、中級、上級と判断できるというが……傷が治る程度の下級と比べると、中級となれば腕を無くしても再生し、上級となれば死にかけた者をも全回復させるという。
「結構な高値がつくよ。200万くらい?」
「近頃は不安も多いので少し上がっていますよ」
「やったね」
「うむ。で、こっちの諸々はどうかの?」
「はい、少しお待ちくださいね」
鑑定役の職員は机の上に置かれた諸々を頷きながら鑑定していくが……その手が手鏡のところで止まる。その手がフルフルと震え「え、ええ……?」と困惑するような声をあげる。
「そ、その。この手鏡……『四次元鏡』という名前でして……その、アイテムボックスです……」
「あー」
「ふーん……」
「な、なんですかそのテンション!? アイテムボックスですよ!?」
「自前のがあるからのう」
「ボクも……」
イナリも紫苑も、そんなものは使う必要が無いのだ。だからこそ顔を見合わせて。イナリが「うむ」と頷く。
「魔石を儂にくれたら、他の物は全部紫苑のでええが。どうするね?」
「それだとボクが儲けすぎ……せめて鏡はオークションに出して、収益は半分こにしよ?」
「うーむ。まあ、紫苑がええなら異論はないのう」
「じゃあ、そういうことで」
「は、はい……」
普通「アイテムボックス」と言われたら皆がお祭り騒ぎになるのに、この落ち着きよう……流石に違うな、などと職員は思うのだが、結構勘違いで単純に2人の性格によるものである。本来であればアイテムボックスは性能こそ様々だが様々な荷物を行動を阻害しないままに持ち歩ける物凄いアイテムであり、覚醒者であれば誰もが欲しがるアイテムだ。
何しろ、先程のポーションでさえアイテムボックスに入れておけば瓶が割れる心配なく戦えるのだ。他にも状況に応じた装備をアイテムボックスに入れておくなど使い方は無限大。それを2人とも要らないと言えるのは、職員にとっては理解の外であった。
何はともあれ紫苑もポーション含む全てをオークションに出品するように申請すると、イナリの下へ小走りでやってくる。
「じゃあ、行こっか。カレー食べたい」
「む、それは分かるのう」
ダンジョンの中の町で嗅いだカレーの香り。その影響もあってか、2人はなんとなくカレーを食べたい気持ちになっていたのだ。
カレー。カレーライス。チキンにポークにビーフカレー。ホクホクに煮込んだじゃがいもにニンジン、ご家庭のカレーであればタマネギも入っているだろう。付け合わせは福神漬けからっきょか、それも両方?
どんなカレーでも素敵だ。というわけで、帰り道のお店で適当にお店を見つけようと2人は歩き出す。
「かれえ、か。やはり紫苑もかれえは好きなのかえ?」
「大好き。イナリは?」
「儂かえ? ふむ……」
言われてイナリは考える。そういえば、カレーをあまり食べたことはない。いつも食べているのはご飯だし、熱海でも伊東でもカレーは食べていない。勿論廃村がそうなる前にカレーを見たことはあるし香りも知っているし食べたことがないわけではないが、語るほど食べたことはないのだ。
「儂は……分からんのう。何やら楽しい気分になる料理ということは知っとるが」
「もしかして何か悪いこと聞いた?」
「いや。そんなことはないが?」
「よかった」
「ふむ。紫苑は良い子じゃのう」
「そんなことない」
気遣いの出来る子なのは間違いない。イナリはそう思い、今日のことを思い返しながら歩いて。ふと、引っかかることがあり立ち止まる。
「どうしたの?」
「いや、たいしたことではないんじゃがな」
イナリが思い出したのは、四次元婆に出会う前のことだ。アツアゲのときにもそういうことはあったので、気にもしていなかったのだが……よく考えると、アツアゲのときとは違う気がするのだ。
「あの四次元婆とやらが出てくる前の放送じゃが……あれは四次元婆の仕業だったんかの?」
「え? んん……どう、だろう」
「もし、そうではないとしたら……アレはだんじょんの仕組みの1つじゃったんかのう」
「……たぶん。そうだと思う、けど」
それは、紫苑にも分からない。そもそもダンジョンのことですら人類は分かっていないのだ。だから、もしかすると。あの町全体が都市伝説のようなダンジョンの中に未知の「何か」がいたところで、何の不思議もない。それに、思い返してみれば。
「でも、四次元婆……放送の前からいた、よね」
アレは四次元婆出現の合図でも、何でもない。だとすると、もしかして。四次元婆以外の「殺しに来る何か」がいたのではないか。それを考えると紫苑はゾッとしてしまう。
「ちょっと怖い」
「ほっほっほ。まだまだ、だんじょんは底知れぬのう」
ちなみにこの後喫茶店で食べたカレーは普通に美味しかったのだが。紫苑はしばらく埼玉第4ダンジョンには近寄らないと決めたそうである。