お狐様、埼玉第4ダンジョンに挑む2
出てくるモンスターを片っ端から倒しながら進むイナリと紫苑だが、1つ問題もあった。それは「ボスが何であるか、そして何処に出るのか」が不明であるという点だ。都市型のダンジョンの場合、分かりやすい場所にいることも多いのだが……そうではない場合もあり、この埼玉第4ダンジョンはそのパターンであるということのようだった。
「うーむ……」
だからこそイナリと紫苑は「きさらぎ町案内図」と書かれた大きな看板を前に悩んでいた。地図と店の名前などが書かれたこの案内図とやらが正しいのかは正直分からないが、他に手段がないのも事実ではある。
「普通の家は除くとして……怪しいのは学校かのう」
「駅とか病院も怪しそう」
「商店街も怪しく思えてくるのう」
「公園も怪しいと思う」
どれも何かが出そうだが、それがボスであるかどうかは分からない。過去のパターンでいうと地下街にボスが出たこともあるらしい。そう、本当にランダムであるらしいのだ……運が悪ければ総当たりになるし、イナリは自分の運はシステムにその無さを保証されていることもあり、あまり信用していなかった。
「うーむ……アツアゲ、どうじゃ?」
この前の伊東での戦いでダイスの最高値を叩きだしたアツアゲにイナリが聞いてみると、アツアゲは服の中からニュッと顔を出し腕で何処かを指差す。
「……駅かの?」
「……病院?」
イナリと紫苑はアツアゲの指した先を見て、同時に違う場所を言う。仕方ないのでイナリはアツアゲを引っ張り出すと手で抱えて案内図の近くまで持っていく。
「ほれ、どれかのう」
「学校、だね」
ペシペシとアツアゲが叩いている場所にあるのは……「きさらぎ小学校」だ。確かに何かしらいそうではあるが……イナリは「うむ、ありがとうの」と頷くとアツアゲを抱えたまま紫苑へと振り向く。
「どうかの? 一考の価値はあると思うのじゃが」
アツアゲが「任せろ」とでも言いたげにビシッと手を上げるのを見ながら、紫苑は「うん」と頷く。
「いいと思う。学校、行こう」
「では決まりじゃの」
そうしてイナリたちはモンスターを倒しながら学校へと向かうが「きさらぎ小学校」と書かれた大きな看板の横にある門は開け放たれ、しかし学校の中は誰もいないかのように静まり返っていて電気もついていない。周囲の家々の窓から光がこぼれているのと比べると、なんとも恐ろしげな雰囲気だ。
「さて……何処から入るべきかの」
入り口らしき場所は幾つかあるが、一番近い立派な入り口が恐らく正面玄関なのだろう。迷わずにイナリがそちらに歩いていくと、紫苑も何も言わずについてくる。扉は閉まってはいるが施錠されておらず、開ければギイと鈍い音を立てて開く。
そこにあるのは「受付」と書かれたカウンターであり、中には誰もいるようには見えないが……幾つかの机や椅子が置いてあるのが見える。
「……まあ、当然じゃが誰もおらんのう」
「いたら怖い」
「間違いなくもんすたあじゃからなあ……」
そこからスタスタと中に入っていけば、用務員室と書かれた部屋から光が漏れている。ボスかどうかは分からないが……扉を開けてみると、中にあったテレビが砂嵐を映している。ザザ……ザザザ……と流れている音にイナリは懐かしさを感じるが、紫苑は首を傾げていた。アナログ放送など知らない世代だ……仕方がない。しかしまあ、こんなところでテレビがついていても「怪しい」の一言しか出ては来ない。部屋の中を見回しても特に怪しいものはないのでイナリは扉を閉めるが、振り向けば何やら紫苑がぼーっとしている。
「ぬ? むむ……何かに化かされておるな? どれ」
パアン、と柏手の音が響けば紫苑はハッとしたような表情になる。まるで夢から覚めたかのような、そんな驚き方だ。
「え? あれ? 今何か、凄い世界の秘密を見てたような」
「化かされとるのう。なるほど、見ているものを無抵抗にする類の罠じゃったか」
「……もしかして、ボク」
「はっはっは。しっかりやられとったのう」
「ごめんね」
「構わん構わん。しかし次からは儂ももっと気を付けてみよう」
用務員室の隣は更衣室……さらに隣は職員室。その隣は放送室、そして校長室であるようだ。
怪しさでいえば更衣室はともかく、職員室と放送室、そして校長室はどれも怪しそうだ。
更衣室と職員室の間の壁には大きな鏡もかかっており「寄贈」の文字は読めるが、他はかすれて消えてしまっている。
「さて、まずは職員室から入ってみようかのう」
「あれ?」
「ん? どうかしたかの?」
「今、鏡が一瞬変だったような」
「ふむ……」
イナリも言われて鏡を覗き込んでみるが、そこには何も映ってはいない。試しに狐月で突いてみるが、鏡に傷がついただけだ。どうやらこの鏡自体がどうというわけではなさそうだが……違和感というものを無視は出来ない。
「鏡にも気を付けるとするかの」
「うん」
そう言いながらイナリが職員室の扉を開けると、そこはやはり真っ暗だ。机は綺麗に片づけられているものもあるが、書類が置きっぱなしになっている机もある。しかし……用務員室と比べると、ビックリするほどに何もない。
「うーむ……」
「何もなさそうだね」
「そうじゃのう」
何もないのは良いことかもしれないが、ボスがいないという意味では悪いことだ。
そんな複雑な気持ちでドアを閉じたとき。
『ピーンポーンパーンポーン♪』
そんな、チャイムの音がスピーカーから響き渡った。