お狐様、メイドと会う
「……ということがあってのう」
「あはは! イナリさん、そういうの苦手そうですもんねえ」
「赤井も普段言わないように自制しとるのは分かるんじゃがの」
赤井との幾つかの現状報告や打ち合わせなどを終えた後、イナリは同じ秋葉原にある使用人被服工房に来ていた。此処に所属するメイドのエリにも何かと世話になっているが、こうして時折イナリが訪れるのを使用人被服工房をあげて歓迎してくれるので、いつも何かしらのお土産を持って訪れている。
「儂とて歌や踊りがもたらす効果は知っとるがの。神楽とかもあるんじゃし」
イナリがいた廃村が廃村になる前は、そういうものも神社でやっていた。まあ、いつの間にかやらなくなってしまっていたが……とても盛り上がるもので、誰もが楽しそうな顔をしていた。歌や踊りが人の心を癒し高揚させるのは、そういうところに根源があるのではないかとイナリは考えている。
「まあ、私たちも歌って踊ってはいますけど、これはイナリさんとは売り方が違うからですしね」
「売り方、のう」
「最終的には使用人とかメイドとか執事とか……そういう言葉から私たちに連想がいくようになればなあって」
「それはまた壮大な野望じゃのう……」
まあ、そういう意味では歌や踊りは確かに効果的なのだろう。歌で耳に声を記憶させ、踊りで姿を記憶させる。それは確かに本人を記憶させるための最短の手順ではある。秋田県を中心に伝わる「なまはげ」がその単語から大体の姿や台詞を共同幻想として誰もが一瞬で思い起こせるのと同じことだ。
「まあ、たぶんお札的な感覚なんだろうとは思いますけどね。欲しがってる人たちも」
「むう?」
「覚醒者の歌を聞くと守られている気分になるとか、実際力のある覚醒者の歌には魔力を活性化させる機能があるとか……まあ、都市伝説ですよね。実際そういう機能があるかなんて証明されてませんし」
「都市伝説?」
「あ、ご存じなかったですか都市伝説」
「知らんのう」
都市伝説。旧時代にはそういったものが多くあったというが……まあ、平たく言えば現代社会を舞台にした「不思議な話」である。たとえば下水道に潜む怪物、存在しない駅や人面犬、語ってはいけない事件など……そういう怖いものもあれば「願いが叶う」「合格する」といった、おまじないじみたものもある。
「あー、なるほどのう。夕暮れ時に電柱の周りを反時計回りに3つ回れば黄泉の国に連れていかれるときがある、みたいなアレじゃな?」
「え、何それ初耳なんですけど怖い」
「心配要らんよ。儂の見てた限り、連れてかれる子どもは1人もおらんかったからのう」
「1人でもいたら洒落にならないんですけど……」
「はっはっは」
まあ、そういうものが生まれる土壌は色々とあるだろうが、都市伝説とやらのことはイナリにも理解できた。つまるところ「歌の力」を信じる者が多いということなのだろう。今の世ではそういうものが薄れたように見えても形を変えて根強く残っているということなのかもしれない。
「あ、そういえば。そういうダンジョンもあるみたいですよ」
「む?」
「都市伝説じみたダンジョンです。かなり異色だってことで、発生当時は結構話題になったんですけどね。埼玉県の川口市にあるんですよ」
埼玉第4ダンジョン。埼玉県川口市に存在するダンジョンである……のだが。
「いやいや、川口市っていうとアレじゃろう? 第3だんじょんがおっとアツアゲ、お主は呼んどらんぞ」
呼んだ? とばかりにイナリの服から出てくるアツアゲを押し戻すと、イナリは埼玉第3ダンジョンのことを思い出す。東京のダンジョンだって離れているというのに、何故そんなに近くにあるのか。
「まあ、私もそう思いますけど。正確には西川口って場所にあるみたいです」
「ふうむ。まあ、確率的には有り得ん話ではないんじゃろうが」
固定ダンジョンが2つもあっては川口の住人はさぞ不安だろう……とイナリは思うが、まあなんとかなっているのだから人とは強いものだ。ともかく、そこが都市伝説じみたダンジョンではある……らしい。
「最初に出てくる雑魚モンスターが人面犬だとかで、一番最初に入ったパーティは覚悟してた怖さと違うって阿鼻叫喚だったとか」
「人面犬のう……」
まあ、確かに犬に人の顔がくっついていれば怖いだろうが。アツアゲのいた埼玉第3ダンジョンも含め、随分と東京のダンジョンとは異なるような気がする、とイナリは思う。東京のダンジョンは洋風というか「異界」感が強かったが、埼玉は玩具に都市伝説。他のダンジョンもかなり違うタイプなのではないかと予想できた。静岡第1ダンジョンは岩山だったが、これもそういう視点で考えれば東京のどれとも被らないタイプのダンジョンだったと言えるだろう。
「だんじょん……謎じゃのう……」
「ダンジョンの謎に興味があるんですか?」
「ん? うむ。まあ、のう」
「トップランカーの1人の『プロフェッサー』もその辺を研究しようとしてるとかしてないとか。あはは、これも都市伝説ですけどね!」
「ふむ……」
プロフェッサー。確か2位だったか、とイナリは思い出して。
「ちなみにイナリさんもランク入りしたんですよね?」
「うむ」
「と、いうわけで! ランク入りおめでとうございますー!」
「お祝いに抹茶ケーキもご用意してますよ!」
「お茶はなんか高いやつです」
「お、おお。ありがとうのう」
「もしお腹いっぱいでしたら、お持ち帰り用のケースもありますっ」
ゾロゾロ出てくるメイド隊は、自分のことのように喜んでいて。
さっき赤井とフォックスフォンの面々からもお祝いのケーキやら何やらをごちそうになったということは表情にも出さないまま、イナリはメイド隊の面々のおもてなしを受けていくのだった。