お狐様、押しに弱い
「ちなみになんですが、狐神さんは普通の電話と覚醒フォンの違いについてはご存じですか?」
「ん? うむ。だんじょん内での通信が可能なんじゃろう?」
「はい、その通りです」
覚醒フォン。それは覚醒者専用の電話であり、既存の通信方式に頼らない新しい接続方法をとっている。これは個人の魔力に覚醒フォンそのものを対応させることで、専用の番号を持つ独自のネットワークを構築している。覚醒フォンを持つ覚醒者そのものが基地局となっているようなもの……らしいのだが、正確にはもっと色々違うらしい。まあ、簡単に言うと魔力によって疑似電波を飛ばし、電話やトランシーバーじみたことが出来るのだ。一般の電話から覚醒フォンにかけられるのは、また小難しい理屈があるので割愛する。
覚醒者専用のネットワークも魔力による技術で構築されており、一般のネットワークからはどんなに優れた腕を持つハッカーやクラッカーでも侵入できない。接続するための前提条件そのものがないのだから当然だ。それでいて一般用のネットワークには覚醒者は普通に接続できるのだから、なんとも凄い技術ではある……が。
「つまり、覚醒フォンは非覚醒者が持っても置物以外の意味がないわけですね」
「うむ」
「あ、鈍器とか防具にはなるかもですね。モンスター素材だから硬いし」
「うむ?」
「まあ、どのみち非覚醒者は買えないんですけど」
「そんな話も聞いたのう」
しかし、それがどうしたというのだろうかとイナリは疑問に思う。道具とは必要だからこそ用意するものであって、覚醒フォンはその性質上、覚醒者が持たなければ意味がない。ならば一般人が買えないという話をわざわざする必要がない。しかし、必要がないのにイナリにその話をしている……ということは。
「……よもや、覚醒ほんを欲しがっとる非覚醒者がいる、と。そういう話かの?」
「というか、前に狐神さんをモデルにした新機種、あったじゃないですか」
「あったのう」
「アレを欲しがってる人が結構出てきているみたいで。使えなくていいから手に入らないか、という問い合わせが急増してまして」
「なんでまた……」
「ファン心理、ですかねえ……」
要はイナリのグッズを買っているのと同じ心理であるのだろう。しかしながら覚醒フォンは非覚醒者に売ることはできない。別に売ったところでどうということはないが、この辺りは自主規制の問題である。
「しかし、どうにもならんじゃろ。断ればええんじゃないかのう」
「まあ、そうなんですけども。四角四面に断るばかりというのもどうだろう、という話もありまして。で、要は狐神さんがアピールしてる電話が欲しいって話なんでしょうから、普通のスマホを作ってる会社とコラボして『見た目だけは同じ』ものを作ろうかという案が上がってるんです」
「うむ、好きにすればええんじゃないかのう」
「はい。ではコマーシャル撮影の日取りを決めていきたいんですが」
「前はこまーさるなんぞ作らなかったはずじゃがー?」
「一般用に販売するとなると、そういうのも必要でして」
仕方ないんです、と遺憾そうな顔で言う赤井にイナリがソファから立ち上がって近くに寄りじーっと見つめると、赤井はふいっと視線を逸らす。その方向に回り込むと、赤井は「仕方ないんです!」と叫ぶ。
「私だって、これを機会に地上波で流れる狐神さんの映像が欲しいんです! ご存じですか!? 今流れてる狐神さんの映像って全部、余所が撮ったりしたやつですよ!? 当社のはちょっとしたショート動画以外は1つもないんです!」
「う、うむ」
「狐神さんがそういうのお嫌いなのは知ってますけど、宣材として動画が短いのしかないから『御社、いい関係築けてないんじゃないですか? 当社で交渉していいですか?』って言われたときの口惜しさといったら!」
「そ、それはすまなんだのう。大丈夫じゃよ、余所に行くような不義理はせんからの」
イナリが赤井の背を軽く撫でると、赤井は「動画が欲しいです」と呟く。
「今回のCM用の映像のついでに、当社のアピール用の映像を撮りたいです」
「う、うむ。そうじゃのう、そのくらいはやらねばのう」
「あとフルアルバム……とは言いませんからシングル曲出してプロモーションビデオも撮りたいです……」
「それはやらんぞぉ?」
「ええ!? 今やってくれる流れだったじゃないですか!」
「何故そんなに儂に歌わせたがるんじゃ……」
「時代が求めてるからです」
「こやつ……そんな迷いのない目で言い切りよるか……!」
まあ実際、赤井も辛い立場なのだ。覚醒企業のイメージキャラクターになるような覚醒者は、実質アイドルといっていい。つまり歌うし踊るし写真集も出すし、そうして稼いでいるのだ。しかしイナリはそういうのを出さない。それをストイックと思うよりも「どうして出さないんだ。金なら出す」という者の方が多い。そういうファンがどうするかというと、所属企業に要望を出すわけで……まあ、先程のような不仲説も出てくるのである。これも全部、イナリの人気の上昇に伴うものであったりするわけだが……。
「まあ、無理強いは出来ませんが……望む声が多いことだけはお伝えしておきます」
「ぬお、これ手紙かえ? 凄い量じゃのう……」
「中身は検閲済ですけど、皆イナリさんのファンですよ。返信の必要はないですけど、お暇なら読んであげてください」
そんなことを言う赤井だったが……まあ、机の上に積まれた山のような……何かの執念すら感じる手紙の山を見ると、イナリとしても考えてしまう部分がある。
「分からんのう……今時の趣味というものは……」
まあ、その辺りに関しては何時の世も変わらないものがあるのだが……同じくソファに座っていたアツアゲが頷いているところを見るに、現代的な感覚はアツアゲのほうが持っているのかもしれなかった。