お狐様、相変わらずオークションは見てない
忘れられし記憶の仮面。
そんな名前のアイテムは、出品されると同時に日本中の覚醒者に驚愕をもたらした。
というか、ここ最近不定期でとんでもないアイテムが出品されたりしているが……今回はそれとは別種の騒ぎになっていた。
そう、それは日本の10大ギルドに入るクラン『閃光』でも同じだった。
クランマスター、星崎樹里。弱冠24にして5本の指に入る近距離ディーラーだと言われる彼女もトップランカーと言われるほどではない。
近距離ディーラーの不動の1位はトップランカーの1位でもある『勇者』蒼空 陽太だ。
特殊なジョブ『ソードブレイブ』を持つという蒼空は他の近距離ディーラーを引き離すほどに強く、誰もが『蒼空の次』を目指すことは出来ても、1位に関しては口に出すこともなかった。そして、それは星崎も同じだった。しかし、このアイテムは。
「ジョブチェンジアイテム……? なんでそんな代物が流れてくるのよ」
被ることによって発動するタイプの、1回きりの消費アイテム。使用者に新しいジョブ『オーラマスター』を与えるという、あまりにも凄まじいアイテムだ。
ジョブチェンジアイテムが出たというのは、過去にも事例がある。たとえば海外に移住してしまったがデモンズキーと呼ばれるジョブチェンジアイテムを使い、『悪魔召喚士』なるジョブになった者もいる。トップランカーの1人である4位、『潜水艦』鈴野 紫苑も何かしらの特殊なアイテムを使用することで特殊なジョブになったという噂だ。
そして、このオーラマスターなる職業は現在未確認のものだ。つまり強いジョブかどうかも不明なわけだが……覚醒者協会の鑑定能力者によって記された『オーラマスター』の情報はこうだ。
「オーラの力を使い戦う剣士……か」
それがどの程度強いかは分からない。しかし他にもいる『ソードマスター』ではこれ以上の爆発的な伸びを見出せるとは思えない。ならば……此処で賭けに出てみるべきなのではないだろうか? 少なくとも星崎は「5本の指に入る近距離ディーラー」などというもので終わるつもりは無いのだ。
そして何より。星崎は似たようなスキルを知っている。「ジェネラルオーラ」……以前落札に失敗したオークジェネラルの兜と剣のセットで発動する身体強化スキルだ。つまり……「オーラの力」とは最低でも何らかの強化の力であると考えられる。更に、もしこれが他人にもかけられるスキルであればクラン全体の強化にもつながるし、そうでなくとも星崎自身の大幅な強化になる可能性は高い。
「決まりね……秋川」
「はい」
「私の個人資産を全部突っ込むわ。なんとしてでも落とすわよ、このアイテム」
「え!? し、しかし……いいんですか!?」
「いいのよ。このアイテムの本当の価値を多少なりとも予測できているのは私以外に居ないはずよ。となれば、皆必ず何処かで降りるもの」
そう、如何に趣味人でも、そうでなくても欲しいと思っていても、未知のアイテムに個人資産全てを注ぎ込めるほどの者はそうは出てこない。いたとすれば相当なギャンブラーだし、そうなれば星崎も個人資産全てを本気で注ぎ込まなければならない。しかし、きっとそうはならない。誰しも、未知の可能性に全財産を賭けられるほどにギャンブラーではないからだ。そう、これは……星崎が引かなければ勝てる賭け……チキンレースだ。
「この勝負……絶対勝つわ」
「マスター。ですが……! 万が一これがサポート系だったらどうするんですか!? ソードマスターは充分に剣士の最高峰じゃないですか!」
「そのときは、私の運はそこまでだったということね」
恐らくは秋川の意見が標準的な感覚なのだろうと星崎は思う。だから、普通であればやめるべきなのだろう。だからこそ、普通ではない感覚でいれば勝てる。この賭けは、星崎の人生の賭けだ。
(後で歯噛みをするくらいなら、私はここに賭ける……!)
大丈夫、命がかかっているわけではない。金なんか、また稼げばいい。このクラン『閃光』は、それが出来るくらいには大きくなっている。だから、全額を恐れず賭けると決めている。
「ところでマスター」
「何?」
「これを出品したのって……まさか、また『あの人』でしょうか?」
あの人。それの意味するところは少なくともクラン『閃光』では1人しかいない。星崎も秋川も、その1人を頭に浮かべていた。
「……狐神イナリ。そうでしょうね。あるいは現場にいたっていう黒の魔女の可能性もあるでしょうけど」
イナリのジョブは『狐巫女』。黒の魔女……サリナのジョブは『暗黒魔導士』。どちらも剣士ジョブなど必要としてはいない上にソロ活動をしている。2人のうちのどちらかが出品した可能性は高いだろう。しかしまあ、恐らくは狐神イナリのほうだと星崎は考えている。
(狐神イナリ……本当に、何処からあんなのが出てきたのかしら。出来ればうちのクランに欲しかったのだけれど)
まあ、それはいいだろう。それよりも今はこれを落札するべきだと星崎はオークションに集中して。そして……見事に『忘れられし記憶の仮面』を落札したのだった。