お狐様、お見舞いに行く
―こちら、現場となった伊東市役所です。前代未聞のモンスターによる人間への『乗っ取り』。市長がその対象になるという驚きの事件でしたが、町全体が乗っ取りとは別の精神支配状態にあったという話もあり、これも事件の発覚が遅れた原因となったようです―
―現場の高梨さん、ありがとうございます。現在、市のほうでは今回の件にどのような対応をされているのでしょう?―
―はい。現在伊東市では事態の把握に追われておりまして、市長、副市長共に意識がまだ戻っておらず、他にも多数の意識不明者、あるいは入院者が発生していることで事実上麻痺に近い状態に陥っており、まずはこの状態からの立て直しが必要であるとのことです―
―ありがとうございました。御堂さん、今回の件どう思われますか?―
―はい。今回の件は何よりもモンスターに確かな知性があったという点が重要だと思われます。今まで一般人にはモンスターの凶悪な点ばかりがクローズアップされ、実際どうであるかという点については一種のタブーともされてきました。しかし今回の件でモンスターに知性というものが確認されたことで―
ブツッとテレビの電源が消え、安野がふうううううと長い溜息を吐く。
今回、覚醒者協会はほぼ良いところがなかった。というか大失態である。緊急コードを使ってまで失敗したのだ。長らく……というか使用するのが今回初めてであったとはいえ、現場の安野の報告を本部が「一応の確認」をやっただけで一笑に付したのだ。その結果、「想定ケース2」を現場が要請し実際そうであったにも関わらず対応できなかったという絶対表沙汰には出来ないような事例が発生してしまった。
だから今回「想定ケース2」は使われなかったことになっている。大人の事情だ……しかし対応した本部職員は左遷になる。安野に関しては「現場として説得力がなかった」というクレームじみた意見もあったものの、適切に対応出来ていたということで有能の判子を今回は押されている。いるが……正直びっくりするほどの綱渡りだ。正直安野があそこで対応できずとも「まあ仕方ない」で済んだ話だが、対応できたことで今後のハードルがちょっと上がってしまった。
「辛い……今回ばかりは仕事できたことが辛い……」
安野自身、しばらく検査入院ということで高い個室を覚醒者協会の金でとってもらっているが、本部長が来て「今後も期待している」とお言葉を頂いたのは凄く重かった。ヘビーだ。なんとなく今後本部案件をイナリに持っていくときに、また事件に発展するんじゃないかとすら思っている。その際に協会の対応に不備があれば責められるのはたぶん安野だ。辛い。
「ちょうつらい」
「何やら疲れておるようじゃのう」
「あれ? 狐神さん」
「ノックしても反応がないから入ったんじゃが……出直した方がええかの?」
「いえいえいえいえ! とっても嬉しいです!」
慌てたように安野は言うが、まあ当然だ。今回の件で本部からのイナリの評価は「絶対離すな」に変わった。何しろ形的には本部職員に同行していた覚醒者が解決したという形になり、本部の対外的な地位は保たれたのだ。本部の要請した「黒の魔女」が伊東への道を塞いでいた水棲モンスターを排除したのも大きかった。少なくとも「外」から見れば本部は今回の件を素早く解決できたのだ。何があろうと覚醒者の地位が揺らぐことはないが、それでも評判というものはいつでも気にしている。今回それが守られたのは、ほぼイナリのおかげなのだ。
しかも結構すぐに連絡がついて、ランカー入りも噂される実力者で、なおかつ人格も超良好。こんな人材を地方支部に取られるわけにはいかないという認識が、より強まったのだ。
「おお、そうかそうか。ちなみにこれ、お見舞いじゃ。何がええか分からんかったでのう。じゅうすの詰め合わせを選んでみたのじゃが」
「あ、これはご丁寧にありがとうございます。お手間をおかけしたようで申し訳ないです」
「気にするでない。お主も今回は苦労したじゃろ」
「あー……まあ、お仕事の一環ですので。それよりありがとうございます。正直、今回の件は」
「ああ、そういうのはやめじゃ」
言いながら、イナリは口元に人差し指をあてて「それ以上言ってはいかん」と止める。
「今回の件は予測などできんかった。もんすたあ災害……そう、災害なのじゃからの。たまたまそこに儂らがいて、たまたま儂が解決できた。それだけの巡り会わせの話じゃよ」
「……巡り会わせ、ですか」
「うむ。たとえば安野に力があったとして、やはり解決に向かったじゃろ?」
「ええ、それはまあ」
「今回は儂じゃった。それだけのことじゃよ」
そんなイナリの言葉に安野は「そうですね」と頷きながら、そうではないと知っていた。イナリは「それだけ」というが、それが出来る者の何と少ないことか。実際今回もトップランカーで連絡がついたのは「黒の魔女」だけ。「勇者」などはさっきようやく折り返しの連絡がきたというから、まあ何ともかんとも……である。
(本部に入社して、これで人生安定と思ったのになあ……安定どころか波乱……)
そんなことを考える安野だが……まあ、査定が上がってお賃金もちょっと上がるらしい。
あと今回の件の慰労金も出る。その臨時収入で何を買おうかなどと考える安野は、全く気付いていない。イナリの持ち帰ったアイテムに、また波乱をもたらすアイテムがあった……などということには。