お狐様、黒の魔女に会う
キングコロッサスが消えて……その場に1枚の仮面がドロップする。それはキングコロッサスの顔にも似ていた……というかそのものだが、イナリはそれを「うーむ……ま、要らんのう」と言いながら神隠しの穴に放り込む。
そんなイナリの下に小さくなったアツアゲが走ってきて、イナリは「おお」と柔らかい笑顔でそれを迎える。
「おつかれさまじゃのう、アツアゲ。おかげで色々と助かったのじゃ」
しかし、アツアゲはそこで止まらずにイナリを盾にするようにその服の中にサッと潜り込む。まるで何かから逃げているかのような動きにイナリは「な、なんじゃあ?」と疑問の声をあげるが、その背後から飛んできているモノを見て納得したような表情になる。
「あー、もう! あの玩具野郎! 見失……あら?」
全身真っ黒のその女が誰かなんとなく察してイナリがヒラヒラと手を振ると、その女は地上にふわりと降りてくる。なんともけったいな格好だ、とイナリは思う。黒い学ランのような服には金の装飾がゴロゴロとついていて、持っている杖はこれまた邪悪な形をしている。そんな格好だからだろうか。ふちのついた黒い三角帽子がこれまた似合っている。
恐らくは20代だろう、均整の取れた身体に、長く伸ばしたつややかな黒い髪。赤い目がなんとも印象的だ。そしてそれは、テレビによく出ている「黒の魔女」そのものだったのだ。
「そう、これもまた導きね。私は黒の魔女。ねえ、噂の狐巫女さん。此処に……そうね、まるで子供の積み木を組み合わせたみたいなモンスターを見なかったかしら」
「あー、うむ。それは儂のペットじゃが」
「え、ペット? あのデカかったり小さくなったりするのが?」
「うむ。それはそうとお主、あれじゃろ? 黒の魔女とかいう」
「ええ、そうよ。黒の導きによりてこの場に辿り着いたわ……誰もが念のためとか問題ないとか言うけど、私には聞こえていたのよ。この地を襲う闇の」
「つい先程、首魁を倒したところでのう。残党がいなければ事後処理になるんじゃが」
「じごしょり」
「うむ。せっかく来てくれたのにすまんのう。昼時と聞いておったのに、相当急いでくれたんじゃろう?」
はっはっは、と笑うイナリに黒の魔女は固まっていたが……やがて「なんでよ!」と声をあげる。
「なんか国道にモンスターがうじゃうじゃ居たから慌てて倒して駆けつけてきたのに! 飛ぶのだって魔力使うのよ!? なのについたら全部終わったあ!? ピエロじゃん! 私ピエロじゃない! 仕事用にしっかりテンションも作ってきたのに! ねえなんで!?」
「う、うむ。何故じゃろうのう」
「あーもうやだー。絶対明日のニュースはこうよ。『黒の魔女、現場に間に合わず』って。私だって暇じゃないのよ。いつでも何処でも電話とれるわけじゃないっての」
「よう分からんが苦労しとるんじゃのう……」
よしよし、と軽く叩いてあげるイナリに黒の魔女は大きく溜息をつきながら気だるそうに杖で地面をつく。
「えーっと……『黒の魔女』千堂サリナよ。貴方、狐神イナリよね? 本当に小っちゃいわね」
「うむ。儂が狐神イナリじゃ。てれびで姿だけは見とったが」
「まあ、私くらいになればね。でも貴方だって最近は相当じゃない。新しいランカーの登場かって言われてるし」
「興味ないのう……」
「そういう人もいるわね。で? 首魁だのなんだの……何があったのよ」
「うむ、話せば少々長いんじゃが……」
そうしてイナリが今に至るまでの話をかいつまんで話していくと、サリナは難しそうな表情になる。
「モンスターが人間を乗っ取ったってこと? それも石像タイプのバリバリに物質系のモンスターが? 聞いたこともない、けど……でも、そうすると説明がつくわね」
「一応悪いモノは抜けたはずじゃが、その後どうなってるかをまだ確認できとらん」
「精神に作用する魔法がかかってる人もいたはずよ。いくらなんでも伊東全体で入れ替わりが発生したとも思えないし」
「ふむ、なるほどの。となれば、それも解けているはずじゃが……どうやらこの様子だと、少なくともこの一帯には深く影響が及んでいたようじゃ」
言われて、サリナは周囲から音が一切しないことに気付く。精神操作系の魔法を無理矢理解除すると気絶するといった事例は多く報告されているが……確かにこの様子だと、この辺一帯の住民全てに精神操作がかけられていたと考えられるだろう。控えめにいって、大事件だ。明日のトップニュースなのはもう間違いない。
「うーわ……道中のモンスターだけでも倒しといてよかった」
「お主が応援じゃとは聞いとったが、他には居ないのかの? 流石に儂1人で全体をどうにかするのは無理があるでの」
「モンスターを確認した時点で通報したから、協会も動いてるはずよ。この調子だと静岡支部もダメでしょうから、到着まで時間はかかると思うけど」
そう、その通りであった。覚醒者協会静岡支部は乗っ取られた支部長、そして支部員たちも精神操作の影響下にあったため、この時点で全員意識不明に陥っており……この「伊東市乗っ取り未遂事件」は、世界規模で大きく報道される結果となったのだった。