過剰なサポートは狐さんが嫌がります
とにかく安野を中に迎え入れて一通りの家電レクチャーを受けると、イナリは感心したように何度も頷く。
「最近の家電は凄いのう」
「最近のっていうか……」
「まさかぼたん1つ押せば何でもできるようになっておるとは」
「え? 本当に操作分かってます?」
「うむうむ。任せるが良い」
不安だなあ、という顔の安野だが、本人が大丈夫と言うなら大丈夫だろうかと気を取り直す。
家電の類は、なにも使いこなす必要はない。
最低限のことが出来ればあとはどうにでもなるものだし、それ以上のことは必要に応じて説明書を読めばいい。今の時代、そういうものだ。
「まあ、そういうことなら安心しました」
「うむ、助かったよ。ありがとうのう」
「いえいえ、どういたしまして。それでは、私はこれで……」
一礼して、出ていこうとして。安野は「あっ」と声をあげる。
「忘れ物かの?」
「いえいえいえいえ。違うんですよ。私の仕事は家電サポートではなくてですね?」
言いながら安野は名刺を取り出しイナリへと渡す。
「改めましてごあいさつ申し上げます。覚醒者協会日本本部、営業部サポート課の安野です。今回狐神さんはその……特例での迎え入れということで、色々とサポートを行うように指示を受け参りました」
「あー、それは助かるのう」
特例。確かに特例だろう。山奥の廃村にいた戸籍もないイナリを覚醒者として登録することで戸籍を作ったのだ。
ダンジョン発生前にはとてもではないが出来ないことであり、覚醒者という存在の特別さを象徴するような事例でもある。
まあ、日本の場合はもう少し事情が異なり「初期対応を間違った国」の中には日本も入っていて、強力な覚醒者は喉から手が出るほど欲しい状況であったりする。多少素性が不明でちょっと狐耳とか尻尾とか生えてて、子どもなのに「のじゃ」言葉の強力な力を持つ少女……なんかもうとんでもなく怪しいが、そのくらいで怪しい人物扱いして逃げられている余裕はないのだ。
安野が派遣されたのも、その辺りのご機嫌伺いの意味もあったりする。
「早速ですが狐神さん。今後の活動方針はどのようにされていくご予定ですか?」
「うむ。まあ、この辺りの事情も疎いでのう。まずは無理をしない程度にだんじょんに行くつもりじゃが」
それを聞いて安野は満足げに頷く。無難だ、安定で手堅く、手順としても非常に正しい。
覚醒者は皆自分が特別と信じて無茶をしようとする傾向があるが、無茶をしたって特別な能力が生えたりはしない。たぶん。その辺はデータが足りないので確実なことは言えないが、無茶をしたって死亡率が高まるのはデータが証明しているのである。
そういう点でイナリの言うことは優等生で安野としても安心だ。
「そう仰ると思いまして、今日は人員を募集している有望なパーティのリストを用意してきたんです。たとえばこの『オールナイト』ですが、全員がナイトの非常に堅固な」
「あー、いや。儂は1人で行くぞ?」
「えっ」
「まっちんぐさあびすとやらを受けても見たが、正直あまり利点を感じなくてのう」
「ええ……? ちょ、ちょっと待ってください。ダンジョン攻略は前2中2後1、という理想形があるんですよ」
前2中2後1。それはパーティにおける理想形と言われる構成のことだ。
前衛2人、中衛2人、後衛1人のことだがもっと言うと前に立ち防御を担当するタンクとあと1人を前衛として、魔法で強力な攻撃を担当するディーラーと回復を担当するヒーラーを中衛に、そして後衛は弓を使う遠距離スナイパー系のディーラーが良いとされている。
つまり前衛2人が頑張っている間にディーラー2人が敵を倒す……というわけだ。色々あったが、これが一番無難で安定力があるとされている。
勿論前衛にも攻撃力に長けたディーラーは存在するが、損耗が激しいので死傷率も高くお金もかかる……と不評だったりする。
「ほう。ちなみに先程言うとった『おーるないと』は」
「アレは全員タンクなので、質の良いディーラーを募集してるんですよ。狐神さんは攻撃力が凄いという話でしたので、逆に合うかと思いまして」
「ふーむ」
つまり攻撃してダメージを与える役割がディーラー。
防御を固め壁となるのがタンク。
回復を担当するのがヒーラー。
この3つの役割で回っているということなのだろうとイナリは理解する。
ちなみにイナリにどれが出来るかというと……まあ、全部出来る。それを考えると……。
「やっぱり要らんのう」
「え!? どうして」
「じゃって聞いた感じじゃと儂、全部出来るんじゃもん」
「いえ、全部って……盛るにしても、もう少し慎みが……」
安野からすれば上司から受け取ったイナリの情報は魔法系ディーラーだ。
どのパーティでも必要なだけに、ヒーラーの次くらいには重宝される役割だ。
なのに「全部出来る」とは、自信過剰にしてもひどすぎる。
攻撃Eで物防F、敏捷E。こんな能力でタンクが出来るはずがない。
なるほど、こんなところでもサポートが必要なのかと。安野は自分の中から使命感の炎が湧き上がってくるのを感じていた。イナリからするといい迷惑だ。
「分かりました! そう仰るのであれば……」
「うむ」
「私も次のダンジョンに同行します!」
「えっ……」
思わぬ安野からの申し出に、イナリは「迷惑じゃのう……」と心の底から呟いていた。
イナリ「もしもし覚醒者協会じゃろかー。秘書室長の青山殿を」
安野「え、ちょ、待ってください!?」