お狐様、明日の話をする
すでにマスコミに発表したこともあり、明日の会談自体は予定通りに執り行うことになった……のだが。このホテル自体は今回の事件による破壊の影響もあり、使用不可ということでイナリと安野は近隣のホテルに市長の口利きで泊まることになった。本当に急な話かつ、襲撃犯が捕まっていないということもありイナリと安野で一部屋だが、その部屋から覚醒者協会に緊急の電話をしている安野を余所にイナリは窓から外を見ていた。
「ええ、かなり強力な魔法でした。そうです、イスルギタクマ……え? 剣士? そんなはずないですよ。どう見ても魔法ディーラーですよ? 同姓同名の別人なんじゃないですか?」
どうやら情報照会が上手くいってないようだが、まさか石動の中身が入れ替わって能力も変化した……などということが分かるはずもないので仕方ない部分はある。「今の石動」が何処かで覚醒者カードを身分証明書として出したところで、そのカードの情報は更新されていないのだから再測定でもしなければ気付かれはしない。それに石動が何かしらの隠ぺい手段でも持っていれば再測定も無駄かもしれない。とにかく、覚醒者協会側でも今回の事件の犯人である「イスルギタクマ」について情報確定できないのだ。
だが、それでも出来ることはある。覚醒者協会静岡支部と連携して、ひとまずの容疑者候補であるところの「登録されている石動琢磨」を捜索、確保するべく動き出している。イナリを狙うことを想定して護衛もつけているが……そちらも今のところ、何も新しい情報は無い。
「とにかく今回の件、広報部の失敗ですよ! 事前調査はどうなってるんですか! は!? 現場で資料通りの人が現れて『あ、こいつ怪しいな』とか思うわけないでしょ!」
どうやら責任の押し付け合いも始まったようだが、イナリとしては「大変じゃのう……」という感じである。まあ、ひとまず状況に進展はない。それは安野の声しか聞こえていないイナリにもなんとなく理解できた。それよりも、問題はあの石動という人間だった。
(分からぬ……何故儂を斯様な面倒な手段で襲った? あれは恐らくじゃが、儂を無力化することを目的とした類の呪……しかし、儂を無力化して。その後どうする? 殺すのであればもっと別の手段もあったはず。となれば儂を何処かに連れて行くのが目的? ううむ……)
分からない。可能性を論じることはできるが、どうにも決定打がない。間違った推測を元に行動しては、間違った結果を招く。それは……あまりよろしくない。だからイナリは考えるが、材料が足りていない。考えて……やがて諦めたように溜息をつく。
「まったくもう……あれ、どうしたんですか狐神さん?」
「いや。奴は何が目的だったのかと思うてのう」
「うーん……狐神さんが目的なのは間違いないとは思いますけども、どうしてなのかが不明ですもんね。お金目的にしては手順を間違えてますし。海外と繋がりがあるとも思えませんし」
「海外? 何故そんなものが出てくるんじゃ?」
「色々あるんですよ。国同士の力関係とか、そういうのが……あ、むむ? でも意外にその可能性、あるのでは?」
海外。確かに国家は日本だけではない。世界中にダンジョンがあって、覚醒者がいるのだろう。今の話を聞く限りだと必ずしも仲が良いとは限らないようだが……。
「とにかく! 今回の件は覚醒者協会がナメられてるってことで今、大急ぎで県外からもとびっきりの覚醒者を手配できるようにしてるらしいです!」
「とびっきり……というと?」
「黒の魔女です! 5人のトップランカーの中では第5位ですけど、凄く強いんです!」
「ほー、前に何やらてれびでその名前を聞いた気もするのう」
日本の覚醒者の中でも最強とされる5人のトップランカー。
1位、『勇者』蒼空 陽太。
2位、『プロフェッサー』真野 月子。
3位、『要塞』土間 タケル。
4位、『潜水艦』鈴野 紫苑。
5位、『黒の魔女』千堂 サリナ。
いずれも強者であり、同時に扱いづらさもまたトップクラスであった。
少なくともこの5人の中では5位のサリナが一番話が通じると言われている辺り、相当なものである。さておき、今回連絡がついて話もついたサリナは今長野にいるが、準備が出来次第車で向かってくれるという。早ければ明日の昼以降には到着するかもしれない。
「結構真面目な人なんで、トップランカー5人の中だと一番協会に人気ですね!」
「……他の4人は真面目じゃないのかのう?」
「いえ、そういうわけではないんですが、個性的な面々でして。特に2位とかは呼ぶと伊東の街が大規模に壊れかねないので……」
「色々あるんじゃのう……」
さておき、サリナが来るのであれば戦力的にも問題はない。イナリ1人でも問題は無いと安野は思うのだが、今回の件は覚醒者協会がどうにかしたいという気持ちが協会側としては強い。協会の持ってきた案件が悪人の誘いで、襲われた本人に解決させました……では外聞が悪すぎるのだ。その点、黒の魔女であれば的確にやってくれるだろうという期待があった。
「まあ、色々ありますけど……もう安心ですよ! 相手の計画は砕いたんです。あとは私たち協会にお任せください!」
「うむうむ、期待しとるよ」
明日の市長との会談。それさえ終えてしまえばイナリの仕事は終わるし、後はトップランカーを含めた人海戦術で犯人を捕まえるだけだ。それはもう失敗しようのない、完璧な未来予想図であるかのように思えたのだ。