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お狐様、歓迎会に参加する2

 特に何かが起こることは無く歓迎会は進んでいく。人々はそれぞれ歓談し、イナリへの挨拶も一通り終わって。飲み物を勧められ、その度にイナリは飲んで。安野の見る限り、何も問題は無さそうに見える。そう、何も。問題は、ない。この酒も本当に美味しそうだ。飲んでしまえばいい。違う。そうしてはいけないと言われた。けれど問題はない。違う。問題はある。ない。ある。ない、ない……巡る思考を、パアンという柏手の清浄な音が打ち消していく。


「はっ⁉」


 音の波紋が安野の中を通り抜け、酔いにも似た思考の混濁が消えて一気にクリアになっていく。同時に、自分が普段では有り得ないことを考えていたことに気付き青ざめ……周囲の人々の視線が集まっていることに遅れて気付く。


「ど、どうされましたかな狐神さん。何か不手際でも」


 近づいてくる内山市長を、イナリは感情を感じさせぬ顔で、静かに見上げて。そのイナリの表情に内山市長は思わず後退る。何か、触れ難いような……そんなものを感じたからだ。


「……須佐之男命スサノオノミコトの伝説に曰く。八岐大蛇を退治する際、何度も醸造を重ね強く、芳醇な香りをする酒を罠に使ったという」

「あの、何を」

「何故八岐大蛇は斯様に怪しげな酒を飲んだのか? 諸説あるじゃろうが、儂はそこに抗いがたき力が籠められていたからじゃと思う」


 八岐大蛇に飲ませるための、幾つもの下準備。そして確実に飲ませるために丁寧にこしらえられた酒。それは1つの儀式めいてすらいる。八岐大蛇がその身を刻まれても目覚めぬほどの力の籠った酒は、単純に酒だけではなく「場」の力でもあるということだ。

 これは何も珍しいことではない。「場の雰囲気に酔う」「酒の力を借りて」……どれも誰にでも発生し得る「呪」なのだから。


「この酒、この場。何かしらの呪が籠められておる。そして、この場にいる儂と安野以外の全員が何かしらの護りを身に着けておる」

「い、いったい何のお話ですか! これ以上は名誉棄損ですぞ!」

「そうかえ? アツアゲ、右のポケットじゃ」

「ハッ!?」


 イナリの服の中から飛び出たアツアゲが市長のスーツのポケットに手を突っ込み、青い石のようなものを奪って床に着地しイナリの下へ戻っていく。


「ふうん? 厄除けじゃの。知らん様式じゃが……さて、まだ言い訳があるかの?」

「厄除けくらいこの時代、誰でも持っているでしょう。特に海沿いの町では誰もが持っています!」

「ほうほう。では、確かめてみようか……来い、狐月」


 イナリの手に現れた刀を見て、周囲から悲鳴が響く。


「ぶ、武器!? 警備、何を……」


 騒ぎを全く気にしないままにイナリは刀身に指を這わせ滑らせる。

 イナリの指の動きに合わせ白い輝きを纏っていく狐月は、イナリの手からふわりと浮く。


「根源を示せ――秘剣・祢々切丸」


 イナリの手元から浮遊し回転する狐月は石動へ向かい飛んでいき、その胸元を貫かんと襲い掛かる。


「きゃああああ!」

「うわああああ!」

「くっ!」


 石動は古めかしいデザインの杖を取り出すと瞬間的にバリアを張る。それはギリギリではあるが、確かに狐月を止めて。


「んん!?」


 その狐月に乗っているアツアゲを見て、石動は思わず目を見開く。一体いつの間に。そんな疑問が解消する前にアツアゲは飛んで、石動のスーツの胸元から小さな石板を取り出し放り投げる。狐月はそれに向かって飛び、石板を粉々に砕く。

 その瞬間……会場の空気が、確かに変化する。何か清浄なものを感じるような……そんなものになったのだ。

 アツアゲが走り狐月が飛びながらイナリの手元に戻ると、内山市長は茫然とした顔をしていた。


「こ、これは……」

 

 状況の説明を求めようと内山市長はイナリへ視線を向けるが、もうそこにイナリはいない。

 狐月を構え石動へと走るイナリは、みねうちの構えで刀をチャキッと鳴らして振り被り。


「グラ・ドンガ!」

「ぬおっ!?」


 床を突き破って生えた無数の石柱をイナリはバックステップで回避する。四方八方へと伸びた石柱を回避しながらイナリが再び駆け寄ると……そこにはもう、石動の姿は無い。逃げられた。舌打ちしそうになるイナリだが、もう1度探そうにも「人探し」では祢々切丸も反応しない。


「あの……」

「む?」


 かけられた声にイナリが振り向くと、そこには戸惑った表情の内山市長や従業員たちがいた。


「これは、一体どういうことなのですか?」

「ふむ。先程の青い石。全員持っとるじゃろ? 先程の男から受け取ったのかえ?」

「え、ええ。水の守りとして販売予定ということで……最近は、覚醒企業のそういう商売も珍しくはないですから」

「此処に出すんじゃ。全部壊すからの」


 そうして出された青い石が集まれば、1つ1つはそれなりでも集まればかなり強い力を放つ塊が出来上がる。


「ど、どうするんですか狐神さん?」

「言ったじゃろ? 全部壊す」


 安野にそう答えると、イナリは刀身に指を這わせ滑らせる。

 イナリの指の動きに合わせ黄の輝きを纏っていく狐月を、イナリはしっかりと構え直す。


「断ち切れ――秘剣・石切」


 イナリの斬撃が閃く度に青い石は紙でも割くように切れていき……全ての青い石が、その力を失いクズ石と化したのだった。

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― 新着の感想 ―
一応市長は知らんかった側っぽいが アツアゲ凄い!
[一言] やはりイナリちゃんしか勝たんわ 場を整えてもスパーンとタネを見破られたし次はもっと賢く立ち回る……のかねぇ
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