お狐様、オークションを見てない
飛行のスキルオーブ。それは全ての覚醒者に衝撃をもたらした。しかし当然だ。空を飛ぶ……超人たる覚醒者でも今まで飛ぶことはできなかった。しかし飛ぶ必要もなかった。空を飛びたければ飛行機かヘリを使えばいい。
しかし、一部の口の堅いエース級の覚醒者には新宿の臨時ダンジョンの件は伝わっていた。そう、飛行能力を前提としたダンジョンの出現。それは今後も同じようなダンジョンの出現の可能性をこれ以上ないくらいに示すものだった。
もちろん、ダンジョンにはある程度の法則というものがある。それは「固定ダンジョンであれば中のモンスターが生息できる場所に出現する」ということだ。たとえば陸上モンスターであればダンジョンゲートは地上に、水棲モンスターであればダンジョンゲートは水中に現れる。水の中でしか生きられないモンスターの固定ダンジョンゲートが陸上に現れ、ダンジョンブレイクの際にゲートから出てきて地上で無様にびちびち跳ねているようなことにはならない……ということだ。
しかし臨時ダンジョンにはその法則が適用されないことがある。つまり、今回もその例外事項にあたるわけだが……そうでなくとも、今後空に固定ダンジョンゲートが出現していく可能性を示唆している。
そうなれば、ヘリや飛行機……様々な航空機が今までのように空を飛べないような事態も充分に起こり得るのだ。
「勿論、それは人類の終わりを意味しない。その理由が分かる?」
パソコンの前に張り付いてオークションの応札をしている『黒の魔女』千堂サリナに、マネージャーは考え込む。適当に答えてもいいが、サリナの機嫌が間違いなく悪くなる。真面目に答えれば大丈夫なので、必死に考えている。前に聞いたことがある。そう、あれは確か。
「新世代覚醒者の出現……だったっけ?」
「そうよ。水中のモンスターに対抗するかのように現れた、当時の新世代覚醒者。水中で戦うためのスキルを持った新しいジョブの出現……人類の進化だなんてもてはやされてもいたらしいけど。こうして未来から当時を覗いてみれば、それはあくまで方向性の分岐でしかなかった」
「つまり今回も空を飛ぶジョブが現れる、と?」
「たぶんね。自由に空を飛び強大な力を振るうスーパーヒーローみたいなのが出現するかもしれないわよ」
それを想像して、マネージャーは楽しそうな未来だと思う。覚醒者というヒーローがいる時代でも、そういった古典的なヒーロー像に対する憧れが消えたわけではない。きっと人気が出るだろう……そこまで考えてマネージャーは「あっ」と声をあげる。
「気付いた?」
「そうか。水中と違って空を飛ぶのは派手だから人気も出るし『空を飛べない』という比較対象になる……」
「そぉよ! でもアイツ空飛べないんだぜって言われる未来を想像するとゾワッとするわ! でもそういう時代が来ようとしてる! 魔女なのに飛べないの? って聞いてくるクソガキのイノセントアイが私を蝕むのよ!」
「あちゃー……」
サリナは「黒の魔女」としてのイメージをとても大切にしている。別に飛べなかったところでサリナの暗黒魔導士としての実力が損なわれるわけではないが、イメージ的には大問題ということらしい。
「今だって『【でけえバン】黒の魔女様の現代的なところを愛でるスレ【ヘリコプター】』みたいなスレがネット掲示板にあるのよ!? いっそバイクに乗ればいいのにとかせめてスポーツカーとか! くっそおおお……私だって出来るなら輝く魔法陣の中から浮かび上がってきたりしたいっての!」
「ま、まあまあ落ち着いて……応札されてるし」
「あー! このっ! こればっかりは負けられないのよ!」
応札しているサリナを見ながら、マネージャーは思う。
(まあ、落札して飛べたとして……体調管理とか荷物の問題もあるし、結局車移動だと思うけどなあ……)
サリナのジョブである『暗黒魔導士』は魔法ディーラーの極致みたいな偏ったステータスをしている。たとえばだが、サリナのステータスはこうだ。
名前:千堂サリナ
レベル:62
ジョブ:暗黒魔導士
能力値:攻撃F 魔力A 物防F 魔防C 敏捷F 幸運E
スキル:暗黒魔導、マジックバリア、暗黒オーラ
少なくとも魔法で攻撃に回っている限りは強いが防御は弱く、スキルオーブでマジックバリアを会得することで補っている。サリナいわく「Aの壁はたぶん超えられない」とのことだが、マネージャーはサリナならば出来ると思っている。サリナには、それが出来る才能がある。そう信じているのだ。
「あー! また値段上がった! く、覚悟はしてたけどこれ、10億いっても止まらないわよ!?」
「うわあ……」
「でも譲れない! これは絶対に私が落札するわ!」
飛行のスキルオーブはまた出るかもしれない。そのときにはもっとずっと安くなるかもしれない。しかし、そんな「いつか」を信じて引いているなら覚醒者のトップ層ではいられない。だからこそ応札を続けるサリナをマネージャーは見守って。
やっぱりオークションの状況に興味のないイナリはその頃、卵焼きに失敗して出来たスクランブルエッグを悲しそうな顔でお皿に盛っていた。