タイムスリップのレベル
目標が決まれば、何をすればいいかも見えてくる。
強くなるために必要なもの……つまりレベル上げと魔石集めである。
魔石はイナリの魔力を上げるために必要で、レベルは上げれば能力が上がり才能があればスキルも手に入るらしい。
実のところ、このスキルがネックであり「レベルは努力。スキルは才能」という言葉もあるらしい、のだが。
「ふーむ……だんじょんとやらは、結構な数があるのじゃのう」
今イナリがいる東京には、大小合わせて10の固定ダンジョンがあるらしい。
基本的に固定ダンジョンは覚醒者協会が一元管理することになっており、臨時ダンジョンに関しては言い方は悪いが早い者勝ちである。
1度クリアしてみれば固定ダンジョンか臨時ダンジョンかは嫌でも判明するため、ダンジョンが発生すれば覚醒者が押しかけて我先に飛び込むのが今時の普通だ。
そして固定ダンジョンであるとなれば覚醒者協会の管理となり、一部の覚醒者が独占しないように色々と配慮することになる。
この辺りの舵取りを間違うとやはり大変なことになるのだが、その為に覚醒者協会は中立を掲げているらしい。
そして覚醒者協会の管理する固定ダンジョンは今イナリが読んでいるような分厚い本に記載され、推奨レベルや出てくるモンスターなど、詳しい情報が記載されるようになる。
「予約は電話。24時間受付、番号が……」
言いかけて、イナリは居間にある電話をチラリと見る。
ダイヤルではなくボタンがついていて、しかも何やら画面のついている不可思議な……もとい最新式の電話。あちこちひっくり返したら説明書を見つけたが、説明書の説明書が必要なレベルで意味が分からなかった。しかしとりあえず、電話をかけるのと受けるのだけは出来る……はずだ。
「う、うう……どうして現代の電話は斯様に機能が多いのじゃ。何故何個もぼたんを押さねばならんのじゃ。だいあるでジーコジーコしてはいかんのか?」
懐古主義じみたことをイナリが言っているが、黒電話の時代から多機能でデジタルな電話の時代にいきなり叩き込まれた心境は、まさにタイムスリップの如しだ。
現代人にとってみれば当たり前すぎて、逆に気が利かなかった部分と言えよう。
これでもしオートロックマンションだったりしたら、今頃マンションに入る方法が分からなくて泣いていたかもしれない。
さておき、イナリはじりじりと電話に近づくとゆっくりと操作していく。すでに尻尾は緊張でぼわっとなっているので、かなりいっぱいいっぱいである。今このタイミングで何か余計な音がしたら「キエー!」と叫んでジャンプするかもしれない。
ピンポーン
「キエー!」
受話器を持ったままジャンプしたイナリはバクバクと煩い心臓を押さえながら受話器を置く。
「な、なんじゃあ!? あ、いんたーほんか!」
カメラ付きインターホンの画面には何やら1人のスーツ姿の女が映っているが、実のところまだイナリはこのインターホンの使い方がよく分からない。そんなに一度にたくさん頭に詰め込めないのだ。
仕方ないのでドアの近くまで走っていくと、チェーンをかけたままドアを開ける。
「新聞なら金はないし押し売りならやっぱり金は無いから帰ってほしいのじゃが何用かの?」
「覚醒者協会の者です。これ、身分証です」
覚醒者協会日本本部、営業部サポート課 安野 果歩。
そう書かれた身分証を見て、イナリはチェーンを外し安野を迎え入れる。
「さぽーと! 知っとるぞ、困った時に言うと助けてくれるんじゃ!」
「え、あ、はい。サポート課の安野 果歩と申します。今回狐神さんが特殊なケースということで、秘書室長の青山の方から連絡を受けましてサポートに参りました」
「おお! では電話の使い方とか風呂の使い方とかを教えてくれるんじゃな!?」
「え!? そこからですか!?」
「というかどこから教わればいいのかも分からん! 儂が動いてる家電でマトモに使ったのはらじおくらいじゃからな!」
「なんでですか!? え、どんなとこで暮らしてたんですか!?」
「だぁれもおらん山の村じゃ!」
「え、あ。ちょっと待ってください。世間知らずとは聞いてましたが、世間知らずのレベルが凄すぎて混乱してます……え? 私の独り立ち初の案件、これなの……?」
安野は青ざめた顔でニッコリ笑うと「少々お待ちください」と言いながら1度家の外へ出ていく。
そしてスマホを即座に取り出すと上司へ小声で電話を始める……が、イナリにはバッチリ聞こえている。
「あの、世間知らずのレベルが凄いんですけど! いえ、そうじゃなくて家電全般の使い方知らないみたいで……あと狐耳と尻尾あるんですけど! しかも子どもっぽいんですけど頂いた資料にその辺記載全く……え!? どうにかしろって……あ、ちょ、課長!?」
「何やら大変じゃのう……儂のせいじゃし、すまない気分になってきたのう……」
「へ!? い、いえ! そんなことは!」
「大丈夫じゃよ、全部聞こえとったから。ちなみに耳と尻尾は自前じゃよ」
ひょっこり玄関から顔を出していたイナリがそう言えば、安野は倒れそうなくらい青い顔でうぎゅう……とうめき声を絞り出す。
「ど、どうか苦情の電話だけはご勘弁を……」
「そんなものはせんけどのう。しかし最近のとらんしいばあは何やら格好よくなっとるんじゃなあ」
「スマートフォンです……トランシーバーじゃないです……」
イナリ「すまーとほん」
※フォンが言えない