お狐様、新宿に行く2
テントの中にいたのは、全員が覚醒者だった。それぞれ覚醒者協会の人間であったり大手クランの人間であったりと色々と違いはあるが、基本的にはこの事態に際して集まったという一点においては同じだ。そんな彼等の視線が一気にイナリに向いて、イナリは思わず「おおっ」と後退ってしまう。
「……その子が狐神イナリか」
「こうして見ると想像してたより小さいわね。こんな子まで引っ張り出さないといけないなんて……」
「仕方がない。黒の魔女はアメリカに行っているし、聖騎士は何処に行ったか分からない。他の面々も……」
「くそっ、ランカーどもはいつもそうだ! 自分の力をのばすことにしか興味がない!」
男が机をガンと叩く。実際、ランカー、あるいはエース級と呼ばれるような覚醒者は大なり小なり自分の力をのばす方向にリソースを割くようになる。どうでもいい雑魚を倒すよりも、より強くなれるような相手を探したがる。そうなると、どうでもいい事態に自分が引っ張り出されるのを嫌い連絡がつかなくなる。
……まあ、仕方のないことではある。ランカーなどと呼ばれるくらい強い「時代の華」が、過去の人などと言われるのに耐えられるはずがない。より強い力を、より効率良く。それをしていくことが自分たちのランカーとしての地位を守ることになるのだから。
今回の新宿の件にしたところで、いよいよとなれば来るだろうが……それまでは彼等は静観するだろう。
正直な話を言えば、此処に集まった大手クランの面々は自分たちでどうにか出来ればそれがよかった。しかし、もはや状況がそれを許さない。1人の男……覚醒者協会の身分証をつけているが、とにかくその男が代表するようにして挨拶をする。
「すみません。色々と皆限界でして……私は覚醒者協会日本本部の田中です」
「うむ、狐神イナリじゃ。早速じゃが、儂がするべきことはだんじょんの攻略……でええんじゃな?」
「はい、その通りです。しかし申し訳ありません。此方から提供できる情報は現状でゼロに等しい……全く何もない致死性の高いダンジョンに挑んでもらわなければなりません」
「なあに、構わんよ」
そういうのは、1度秋葉原のダンジョンでもやっている。尻込みするような話でもない。そんなイナリの余裕に感嘆の声が上がるが、事実大抵のことであればどうにか出来る自信がイナリにはある。そしてどうにも、此処で話に興じているよりも早く挑んだ方が良いであろうことも理解できていた。
「では、早速向かうとするかのう」
「このテントの奥から行けます。案内しましょう」
「なあに、必要ないのじゃ。すぐ戻ってくるでのう」
そう言ってイナリはスタスタとテントの奥へと歩いていき、その先のダンジョンゲートを見上げる。
(……これを壊せば生存者が帰ってくるというのであればそうするがのう)
―ダンジョン破壊は控えてください―
「分かったから出て来んでええのじゃ」
システムメッセージを五月蠅そうに払い除けると、イナリは「さて」と気合を入れる。そのままダンジョンゲートに飛び込んで……直後、イナリは自分が落下していることに気付く。
「なんと……! 誰も帰ってこん理由はコレかえ!」
そう、イナリが転送されたのは足場も何もない、超超高度の大空。空を飛べるのでもなければ、こんな場所に放り込まれれば死あるのみ。地上が遥か下のこの場所では、潜水服など何の意味もない。パラシュートを持っていたところで死が伸びるくらいの効果しかないだろう。そう、此処に放り込まれた時点でもはや死は確定している。ただし、イナリを除けばだ。
「よっと」
落下していたイナリの身体が途中で止まり、ふわふわとその場に浮遊を始める。神通力で飛行したのだ。やるのは初めてだが、不思議と「出来る」という確信はあった。
―特殊な技を検知しました!―
―ワールドシステムに統合します―
―スキル【飛行】を付与しました!―
「む、ちょっとばかし飛びやすくなったのう」
前の投げ技のときもそうだが、スキルという形になると使い方が自分の中で整理され簡単に使えるようになる。テレビをリモコンで操作する感覚、というのが似ているだろうか? 制御の手間が減り自動化されているのだ。つまり、イナリが飛行を簡単にできることでどうなるかというと……他に目を向ける余裕が出るということだ。
「さて。そこな雲の中で見とる者どもよ。儂は黙って見てても落ちんぞ? 敵であるならばかかってくるが良い。そうでなくとも姿を見せよ。さもなくば……」
イナリは手を空中へと差し出し「来い、狐月」と声をあげる。その手の中に現れたのは、弓形態の狐月。イナリはその手に光の矢を生み出し、しっかりと弦を引き絞る。
「撃ち抜く。儂の矢に撃たれてタダで済むと思うでないぞ……?」
瞬間、雲の中から無数の空飛ぶトカゲのようなモンスター……ワイバーンたちが現れる。それらはイナリへと巨大な口を広げて迫り……真正面にいたワイバーンたちが、弓から放たれた極太の光に消し飛ばされた。