お狐様、新宿に行く
新宿。そこはかつて、新宿駅を中心に大きく栄えた場所だった。各地へ向かうバスターミナルも存在する交通の要所であり、巨大なビルが乱立していたこの場所も、モンスター災害の被害を免れることは出来なかった。
此処にかつて存在した新宿駅も交通手段がバス中心になったことで巨大なバスターミナルへと変化し、以前に匹敵するほどの活気を取り戻していた。幾つかの覚醒企業の本社ビルや大規模クランの本社ビルも幾つか存在するこの新宿に今、1つのダンジョンゲートが発生していた。臨時ダンジョンか固定ダンジョンかはまだ分からない。分からないが……このダンジョンは今、大きな悩みの種となっていた。
「ふーむ……だんじょんが出来てから2週間。生還者無し、中の様子は分からず……か」
そんな新宿に向かう車の中には、イナリと安野の姿があった。安野から渡された資料を捲るイナリだが、その資料の薄さは「ほぼ何も分かっていない」という何よりの証明だ。事実、どうしようもなくてイナリを引っ張り出したという経緯もある。実績のある最強クラスの覚醒者たちは皆、他のダンジョンに向かっていて連絡がつかないし、そもそも協会からの連絡に出ない傾向がある。というか出ない。便利屋扱いされるのを嫌っているのもあるし、そういう風な態度になるのは色々な事情により仕方がない部分もある。いざとなれば協力するだろうが、それまではそちらでどうにかしろというスタンスだ……だからこそ、こんな場合に出せるカードがイナリしかなかったのだ。
「はい。通常のペースでいえば2カ月放置すればモンスター災害が発生しますが、早ければ1カ月のこともあります。つまり、最悪の場合はあと1週間で……」
「それは問題じゃな。新宿は大きい街なんじゃろう? そんな場所でもんすたあ災害が起きれば」
「大手クランの覚醒者部隊が帰ってこないダンジョンです。どれだけの被害が出るか分かりません」
恐ろしい話だ。新宿に本拠地を置く大規模クランの攻略隊が、すでに6部隊帰ってこない。彼等は更なる部隊を送り込みたいと考えているが、覚醒者協会としては流石に容認できない。もはや、数ではダメだ。最強レベルの覚醒者でなければ対処できないレベルだ。それでダメなのであれば……いよいよ、覚悟しなければならないが。
「それは……あれじゃのう。前のように水の中に放り込まれるような場所かもしれん」
「はい。ですから潜水服を装備した部隊も投入されたようなのですが……同じでした」
「ふむ……難儀じゃの」
そうなれば、確かに何らかの未知の危険がそのダンジョンに潜んでいるのは間違いない。あとはそれがイナリに対処できる類のものかということだが……まあ、余程でなければなんとかなるだろうとイナリは思っていた。
「正直に言いますと、狐神さんでも死ぬかもしれないと私たちは考えています。それでも、今頼れるのは狐神さんだけです。それでも……どうかお願いします」
「うむ、任せよ」
そんなイナリたちを乗せた車が向かっていく先……新宿のダンジョンゲート近くにはすでに簡易的なフェンスで立ち入り禁止措置が取られ、その周囲にマスコミが集まっていた。ちょうど生中継中の放送局も幾つかあるようで、現場はざわざわと騒がしい状況だった。
「現在新宿のダンジョンゲートからは、何も聞こえてきません。フェンス向こうの臨時指揮所で何が話し合われているのか、私たちからは分からず発表を待つしかありません。しかし前回の攻略部隊突入からすでに3日……未だに朗報は聞こえてきません」
「一般的にダンジョン内で何かあったと判断されるのが3日とされています。今回もその原則に従うとすると、最初に突入した攻略部隊の安否が気遣われるところです」
「関係者によればすでにダンジョンブレイク目前という見方もあるとのことで、早急な対応が求められています。しかし此方に入った情報によれば……」
誰もが絶望が近づいているという話をする。実際、今日まで全く良い情報は入ってきていない。どうするのか。どうすればいいのか? そこに誘導を受けてフェンスの向こうに行く車があれば、誰もが当然貼りつこうとする。しかし特殊仕様の窓は外からでは誰が中にいるか分からない。
「今、覚醒者協会のものと思われる車がフェンスの向こうに入っていきます! 誰が乗っているかはこちらでは確認できませんが、ここにきてエースの投入ということでしょうか!?」
そんな声が響く中、イナリはフェンスの向こうに辿り着き車から降りる……が、そうなれば当然フェンスに張り付いた報道陣に正体がバレバレである。
「あれは……狐神イナリちゃんです! 車から狐神イナリちゃんが現れました! 彼女が覚醒者協会の次の手ということなのでしょうか!?」
「どうやら1人のようです。はたして彼女の投入が事態の打開策となるのでしょうか? 残り時間を考えても此処で成功させたいと考えているはずですが、今のところ追加の車やヘリが来る気配はありません」
聞こえてくる声とフェンスにガシャガシャと何かがぶつかる音が聞こえてくるが、それを見ながらイナリは軽く手を振る。
「うーむ。何やらすっかり知られておるのう……」
「有名人ですからね、狐神さん」
そうして安野に案内されながらイナリはテントの中へと入っていく。