お狐様、起きる
朝。巨大ヒトデに顔面に張り付かれる夢を見て目を覚ましたエリは、自分の顔にアツアゲが大の字で乗っているのを剥がしてベッドの上に乗せる。
(というかアツアゲって寝るんですねえ……)
モンスターだって生き物なのだから寝ることもあるだろうが、見た目が無機物なアツアゲが寝ぼけているというのは、何とも不思議なものだ。まあ、モンスターについては長らく「敵」という認識しかなかったので、こうしてペットのような形で存在していることで初めて分かる事実ではあるだろうか。
見ていると、アツアゲが起き上がってイナリをペシペシと叩き始める。
「あ、ちょっとアツアゲ。まだ朝早いから起こさなくても」
「むうー……」
しかしアツアゲはエリの言うことを聞かずにイナリをペシペシやるので、イナリはむくりと起き上がってしまう。ちなみに寝ぐせはない。最強のサラサラヘアーである。寝ぐせのついているエリは「うらやましい……」と呟いてしまう。
「おお、エリ。おはよう。早いんじゃの」
「おはようございます。アツアゲが起こしちゃいましたけど、まだ朝の5時ですから……」
普段ならともかく、お休みの日の朝に起きるような時間帯ではない。ないが……まあ、起きてしまったものは仕方がない。アツアゲはすでに朝の体操をしている。丁寧にしっかりとした体操だ……ちゃんとやり方を覚えているのが見て取れる。
「……アツアゲって、何処で覚えてくるんです? こういうの」
「儂よりてれびを見とるからのう……分からん」
アツアゲはよく特撮やアニメを見ているが、ニュースやバラエティも結構見ている方だ。その中で体操のやり方を覚えたとしてもイナリとしては不思議ではない。まあ、アツアゲの積み木ゴーレムなボディで体操が何かの役に立つかは不明なのだが。まあ、世の中無駄になるものはないというしどこかで何かの役に立つこともあるかもしれない。
「さて! では起きたことじゃし、朝食の準備でもするかのう」
「お手伝いします。確か冷蔵庫にお味噌がありましたよね」
「うむ。味噌汁かの?」
「はい。乾燥ワカメがあるのも見ましたから、具はそれですね」
言いながらイナリとエリは台所へ歩いていき、手早く朝食を作っていく。
ご飯にワカメのお味噌汁、卵焼き。そしてお漬物を少々。メインが卵焼きになってしまっているが、まあまあ理想的な朝ご飯になったといえるメニューだ。
「エリは料理がほんに上手いのう」
「あはは……今日は簡単なものなので、次があればもっと腕を振るえるんですが」
「おお、儂は歓迎じゃよ。次回は儂が材料費を出すがのう」
「え? 本気にしますからね? またお休み取りますからね?」
「ふふふ、儂はそんな社交辞令は言わんよ」
イナリとしても、この家に人を招くのをためらう理由もない。まあ、招くような相手が限定されてはいるが、少なくともエリやヒカルが数日泊ったところでイナリとしては歓迎だ。さておき朝食を終えて食後のお茶を楽しめば、エリが帰宅する時間がやってくる。
「もう一晩くらい泊っていけばいいのにのう」
「そういうわけにもいきませんから……でも、またパジャマパーティしましょうね」
「うむ。儂も楽しかったのじゃ」
「では、私はこれで失礼します」
エリを送りだせば、騒がしかった家の中は静かに……いや、アツアゲが朝のニュースを見ている。どうやら何処かの海岸にマーマンが上陸して覚醒者に退治されたとか、そんな内容のニュースだ。
―此方、現場となった伊東のビーチです。朝方、巡回作業に出ていた警備隊が上陸しようとしているマーマンを発見し戦闘。これを撃退しました。幸いにも単体だったようで、大きな戦闘には発展しませんでした。現時刻でも援軍が来る様子はないとのことで、ひとまずの安全確保はされたと言えそうです―
―現場の高梨さん、ありがとうございました。最近似たような事件が頻発しているようにも思われますが御堂さん、いかがでしょうか?―
―はい。水棲モンスターが単体、あるいは少数で上陸するという事件自体は昔からあったんですね。ただ今回、太平洋側で比較的短間隔で同様の事件が発生しているというのは、やはり何らかの原因があると考えることができるというのはありますね―
―再度のモンスター災害という可能性はあるのでしょうか?―
―どうでしょう。というのも太平洋のダンジョンはすでにモンスター災害がずっと継続中なわけでしてね。とはいえ東京湾の件を考えると……―
モンスター災害。その言葉にこの国の……いや、世界中の人間は敏感だ。モンスターがダンジョンから溢れ出すモンスター災害はこの国を壊しかけ、今は覚醒者がそれを防いでいる。しかし、またいつでもそれは起こり得るのだ。だから、誰もがそれを恐れている。またモンスターに蹂躙されるのではないかと。今の生活を、奪われるのではないかと。だからこそテレビでも「モンスターが出てきた」という話にこれほど脅えるのだろうとイナリは思う。
―ではCMを挟んで今日の占いです!―
―今日はどの星座が1位になるのでしょうか? 楽しみですね!―
「……ふうむ。何かの前触れでなければよいのじゃが」
神のみぞ知る、というものなのかもしれないが。神であろうと全知でなければ知り得ない。
ましてやイナリにはこの件が今後どうなるかなど……分かるはずもないのだ。