お狐様、スーパーで買い物をする
パジャマパーティをするのに必要なモノは何か?
手軽なゲーム? 楽しい映画? いや、もっと根本的なものがある。そう……食べ物と飲み物である。エリもそれなりの付き合いなので、米好きのイナリのことは知っている。基本米とお茶しかなくて、調味料はあっても他のものはご飯のお供以外の存在は結構怪しいと思っている。大正解だ。
まあ、そんなわけでイナリとエリは最寄りのスーパーマーケット「サトウマート」にきていた。
―いつでもどこでも何度でも♪ 欲しいと思ったらサトウマート♪ 貴方の町のサトウマート、「これ欲しかった」を聞きたくて♪―
そんなテーマソングも流れるサトウマートだが、創業者がサトウさんなのではなく砂糖工場を経営していた初代社長が一念発起して作ったから……らしい。砂糖一本でやってきた頃の気持ちを忘れずにみたいな気持ちと「砂糖のように甘く幸せな気持ちをお届けしたい」といった理念を混ぜたとかなんとか。さておいてサトウマートは結構有名な大手スーパーである。イナリも前の家にいたときに別店舗に行ったことがある。
「すうぱあは広いのう」
「まあ、広いですよね。子どもの頃はもっとお城みたいな広さに感じたものですけど」
子ども特有の感覚だったせいなのかは、今となってはエリには分からないのだけれども。当時は無限に広く感じたものだが、今となっては別にそんなことはない。それに気付いたときは、ちょっとした喪失感を感じたものだが……イナリはそんな感覚をまだ持っているようにエリには見えた。それが少しばかり羨ましくもあり、微笑ましくもあり。
「さて、と。まずはお夕飯のメニュー決めましょうか」
「儂は米があればええんじゃが」
「うーん。和食もいいですけど、ここはあえてカレーもいいかもしれませんね」
「ほう。かれえか。エリはかれえを作れるんじゃの」
「まあ、カレールウがあれば比較的簡単ですから。一応メイドの嗜みとしてスパイスからでも作れますけど、今日はカレーパーティじゃないですし」
言いながらエリはバスケットにカレーの材料を放り込んでいく。ニンジン、じゃがいも、たまねぎ、袋入りのミックスビーンズ、そしてカレー用にカットされた豚肉を少々。付け合わせのらっきょうも忘れずに。そして肝心要のカレー粉は多くのご家庭で定番の味と評判のロングセラーの甘口を1箱。最近は小さいサイズも売っているのでとても便利だ。
カレーコーナーの近くにあるふりかけコーナーにイナリがふらふらと吸い込まれていくが、その一番目立つところに大きな空白と「イナリちゃんふりかけ売り切れ。入荷未定」という紙がある。
「何処行っても売り切れですよね、このふりかけ」
「ううむ……何故そんなに売れるのかのう……」
「そりゃまあ、可愛いですし」
人気の覚醒者のコラボ商品は凄い売れる。それにイナリちゃんふりかけにはパッケージに使った写真をカードにしたものが入っている。イナリファンの人々からしてみれば、かなり欲しい一品ではある。
「さ、行きましょうイナリさん。時間は有限ですから!」
「そうじゃのう」
子どもがお菓子を見るような顔でふりかけを見ているイナリは可愛らしくはあるが、カレーを作るにもそれなりに時間がかかるから仕方がない。更にジュースとお菓子……お菓子コーナーではイナリはそんなに目を輝かせてはいなかったが、幾つかを購入。ちなみにイナリが出すと言ったのをお邪魔する側だからとエリが固辞してお支払いである。
「さ、買い物も終わったし行きましょう!」
「そうじゃのう」
スーパーを出て歩き出せば、中でも感じていた視線がより一層強くなる。
「わあ、イナリちゃんだ……」
「本物?」
「すっごいかわいい……」
まだイナリがこの辺りに馴染んでいないのもあって、通りがかった人が思わず足を止めて振り返る程度にはイナリは目立つ。
(まあ、当然ですけどね……美少女が狐耳と尻尾つけて巫女服着て歩いてたら私なら3度見しますし)
問題は、これだけ目立つと色々と問題が起きやすいことだが……まあ、今更だろう。エリは気にしてない風を装いながらイナリを連れて歩いていく。そうしてイナリの家のある高級住宅街に近づけば、急に人通りが減り始める。まあ人間、自分に関係のない場所は通り道でもなければそうそう通らないものだ。そうして辿り着いたマンションを見てエリは「うわあ」と声をあげる。
「此処だったんですね……」
(すっごい高いところだあ……ええ……? 覚醒者協会が此処を勧めるなんて……稼ぎが相当じゃないとやらないような……)
改めてイナリの凄さを感じつつもエリはイナリに連れられて中に入っていく。そうしてイナリの部屋に辿り着けば……これまた広い。明らかに独り暮らしするような広さではないが、まあ装備や道具などが増えていく覚醒者であれば然程おかしくはない。ないが、イナリはそういうタイプでもない。つまりなんかこう、ほっとくとイナリがあの小さな家で満足してそうなので稼ぎに似合う家を紹介したんだろうな、とエリにも理解できてしまう。まあ、だからどうというわけでもない。
「さ、じゃあカレー作りましょっか!」
そんなことよりも、エリにはパジャマパーティのほうが大事であったのだ。