お狐様、コラボ商品が完成する
「完成……というと」
「はい、そうです。これがその」
―そう……これが巨神王国……ゴッドキングダム!―
「えいっ」
「あっ」
凄いタイミングで凄い台詞が入ったロボットアニメの前回振り返りを赤井がリモコンで消すとイナリがちょっと残念そうな顔をするが、流石に此処でロボットアニメ鑑賞に30分費やすほど赤井も暇ではない。
「完成したのはこれです。ふりかけ」
「おお、うむうむ。楽しみにしておったのじゃ」
イナリの前に置かれたのは、すでに完成品といっていいパッケージのふりかけだ。イナリが狐月を構えている写真のプリントされたふりかけの袋は、全体的に可愛らしさが前面に出ている。「イナリちゃんふりかけ(いなり寿司味)」と書かれた文字も可愛らしく、このままお店に並んでいてもおかしくない段階だ。事実、もうこれはイナリの承認を受けてお店に並ぶ前段階だ。すでにある程度の開発を進めていた和同食品と、ほぼ全面的に赤井に丸投げしていたイナリのおかげで製品開発は信じられないほどの速度で進み、この段階にこぎつけたというわけだ。
「こうして見ると感慨深いのう……まあ、儂の写真が載っとるのは少し恥ずかしい気もするがの」
「そうですか? 可愛いですよ」
「そうかのう」
事実、イナリはとびっきりの美少女だと赤井は思う。よく「人形のような」という美少女表現があるが、そんな表現では足りないほどの美少女だ。正直に言うと、イナリの美少女っぷりだけでフォックスフォンの売り上げは上がっている。ライオン通信もかなりの美少女を投入してきたが、イナリには及ばない。何しろイナリの意向で芸能活動の類は断っているが、色んな会社が諦めずに契約金を積み増し続けている状況なのだ。出せば売れる。彼等はそれをよく理解しているのだ。フォックスフォンが覚醒者による覚醒会社でなければ、強引な手段に出ようとする者もいたかもしれないというような、そんなレベルだ。
そして、そんなイナリがパッケージ写真のコラボ商品「イナリちゃんふりかけ」。売れないはずがない……強くて華のある覚醒者はみんな大好きだ。下の店舗でも客のほぼ全員が「ふりかけは此処でも売るのか」と聞いてくる。もはやメガヒットどころかギガヒットの内定が出ているようなものだ。ちなみに和同食品の電話はすでにパンクしている。たぶんしばらくは個人用スマホのほうも繋がらないだろう。
「ふふ、こんなことになるとは思ってもおらんかったが……発売日は店に行って並んでるところを見るのもよいかもしれんのう」
「あー、いえ。それはどうかと」
「む、そうか。自意識過剰が過ぎるかの」
「ではなく。その、大騒ぎになるので」
ふりかけを買いに来たらご本人登場。どんなサプライズだという話だし、たぶん即座に拡散されてとんでもないことになるし、人混みの整理に追われるお店の人が泣いてしまう。
「むむ、では仕方がないのう。あ、発売日はいつじゃったかの?」
「来週の月曜日ですね。たぶんその日は家から出ない方がよろしいかと」
「むう。そんなに凄いのかえ?」
「ここまで自分の人気を把握してないのも凄いですけど……タレント活動をほぼしてないのに凄い人気ですからね。たぶんその気になれば世界獲れますよ」
「要らんのう……」
「言うと思いました」
人気の覚醒者はコマーシャルだけではなくドラマやらバラエティ、映画……そういった芸能方向に手を出すこともある。そうして顔が売れることで覚醒者としての活動に使う資金面などのメリットも大きいからやっているのだが、まあ有体に言えば金のためである。覚醒者としてやっていくには普通金がかかるから仕方のない面もある。
しかし、イナリはそうではない。怪我をしないから薬も要らないし武器も防具も凄いから装備面でも金を使わないし、娯楽の類も赤井の知る限りではほぼ興味がない。服にも化粧にも興味がなければ食事はご飯とふりかけが基本で最近は付け合わせにも金を使うようになったが、一般的庶民の域を越えていない。
ついでに言うと自己顕示欲の類も皆無なので、タレント活動にイナリ本人が全く興味を示さない。
しかし、だからこそ人々の求めるアイドルじみているのだ。
純真で持っている欲は可愛らしく、足るを知り慎ましやか。スキャンダルなど捏造しようもない素朴な私生活と覚醒者としての華々しい成果、そして穏やかな性格。何より美少女だ。凄い美少女だ。
(狐神さんがアイドルをやったら私は滅茶苦茶推す自信はある……でも本人にその気は全くないし)
こればかりは本人が望まないと赤井としてはどうしようもないが、イナリにはその気が全くない。何とも歯がゆいものではある。
(何やらどうしようもないことを考えてる顔をしておる……)
そんな赤井のしょうもない思考をイナリもなんとなく悟っていたが、別にツッコミを入れるようなことでもない。考えてるだけなら好きにすればいいと、そんな慈愛に満ちた表情で頷いていた。
まあ、そんなこんなで「イナリちゃんふりかけ」は本人にとってはそのくらいのものであったのだが。この辺り、イナリ本人が自身の人気をまだまだ甘く見積もっていたと言えるだろう。
イナリちゃんふりかけ発売日……その日の夕方までには全国各地の売り場からイナリちゃんふりかけが売り切れ、工場フル稼働で相当多めに作ったはずのメーカー在庫も欠品になったのである。





