目標が決まったのじゃ!
そうしてソファーに倒れこんでいたイナリだが、ふと思い出したように起き上がると懐から小さな魔石を取り出す。
ゴブリンから出た魔石だが……淡く光るこの石は現代では様々なエネルギー源として使われているらしい。
「魔石、のう……このようなものが石炭や石油の代わりになっとるとは」
イナリの見たところ、妖力や神力というよりは、その中間……もっと純粋なエネルギーに近い。
あのアーティファクトとかいう不可思議な道具と同じものを感じるのだ。恐らくは同じ原理のものだろう、とイナリは判定する。
翻って、あのゴブリンといった「モンスター」が持っているのはかなり淀んだものを感じた。あちらは妖力と言っていい。
そんなものから出る魔石がこれほどまでに性質が違う純粋なもの……ということは、1つの想定が出来る。
「だんじょんで戦うことは、悪しき力の浄化に繋がる……そして純粋な力を受けて人は成長する。すなわち、人を成長させるために存在する?」
しかしそうだとすれば、誰が何のために?
自然発生した類のものでないことは、イナリはもう知っている。
ダンジョンを壊したとき、あのウインドウを通して何者かが確かにイナリにメッセージを伝えてきたのだから。
この一連のことには、必ずそれを管理する何者かの意志がある。
「その何者かは、人を成長させて何とするのか。この儂まで成長させようとする理由は? 高天原の御方々の仕業ではあるまい。斯様な複雑怪奇なことには向いておらん」
とすると、他の国の神々の仕業か? それも違う気がする。ならば一体?
悩んで、悩んで……イナリは手の中の魔石をくるくると遊ばせる。
「むーん。頭の中だけで悩んでも答えは出ん、か。そうじゃな、まずはこのまま相手の手にのってみるのが一番かの?」
言いながら、イナリはちょっと考えてから魔石を口の中に放り込む。
「おっ、イチゴの味がするのう!」
そのまま口の中で転がすと、シュワッと溶けてイナリの中に僅かではあるが力が流れ込んでくる。
―魔力が上昇しました!―
「お?」
当然そのメッセージはイナリにも見えていたが、どうすればいいかはイナリも講習を受けたので分かる。
「すてえたす!」
名前:狐神イナリ
レベル:1
ジョブ:狐巫女
能力値:攻撃E 魔力A 物防F 魔防B 敏捷E 幸運F
スキル:狐月召喚、神通力Lv8
「……何も変わっとらんように見えるが……あ、そうか。ふぁじーしすてむだとかで、大雑把にしか分からんのじゃったな」
そう、システムの指し示す数値は大雑把なものに過ぎない。
たとえば同じ攻撃Eでも殴り合えば一方的に打ち勝つような差があったりするのだという。
言ってみれば「限りなくDに近いE」と「限りなくFに近いE」のような差があるのだ。
何故そんなことになっているのかは分からないが、その程度は誤差にしか過ぎないのかもしれない……という見解になっているらしい。
「ふむ。しかし……魔石を食えば魔力が上がる、と。そんなもんを試したことがない人間がいないとも思えんが。人の子の身ではそういうことすると腹を下したりするのかもしれんのう」
魔石を食えば魔力が上がるなら、魔力Aなど大したものではない。
ないが、その割には魔石の扱いは雑だった。つまり食べられないものとして認識されていると考えるのが普通で……実はその通りであったりした。
魔石を食べた人間は大抵身体に異常を起こして寝込み、あげくに何も変わらない。
乾電池を食べて電気の力が手に入らないのと同じようなものだと、もうそういう風な常識になっているのだ。
つまりイナリが魔石を食べて能力が上がったのは普通ではない……のだが、イナリがそんなものを知るはずもない。
「ま、ええ。そうなればだんじょんの謎を解くためにはもっと魔石を食って魔力とやらを上げるのが近道かの?」
イナリの力が上がれば、出来ることも増えていく。そうすれば世界の謎にも近づいていけるだろう。
「なんならもう1回だんじょんを壊してみれば見えるものもあるやもしれん」
―ダンジョンの破壊は中止してください―
「ぬ? なんじゃ見とるのか?」
―想定外の事態に対応する為の特別監視が設定されています―
「なら教えてくれんかのう? だんじょんとはなんじゃ?」
その問いに、答えはない。まあ、そうだろうなとイナリも思ってはいた。
だから、質問を変えてみる。
「そもそもお主は誰じゃ? 何処ぞの神かえ?」
やはり答えはない。ないが……イナリは確信した。
何処かの誰かが、この状況を作った……あるいは、管理できるようにした。
そしてそれは、確かに意思を持っている。つまり、何らかの目的を持っているのだ。
「ええじゃろ。ひとまず踊らされてやろうではないか。力をつけ、お主が何を企んでいるのか看破してやろう。待っとるがいい、管理者よ。すぐに儂がそこまで行くからの」
それはイナリの、この新しい時代における目標であり……宣言であった。
イナリ「がんばるのじゃ」