お狐様、高級炊飯器の実力を知る
引っ越してきてしばらくは突然居住環境の変わった猫のように所在なさげにしていたイナリだったが、1つの家電がそれを解決した。そう、最新型の炊飯器である。米の甘みを引き出しふっくらもちもちと炊き上げることが出来るというその炊飯器は、イナリがお米大好きという情報もあり厳選された品であった。
勿論お値段もそれなり以上だが、別に何の問題もない。そして高いだけあって、機能もすさまじい。
米を自動判別し炊けるだけではなく、炊きあがりの食感も選べるというのだ。この素晴らしい機能にはイナリも感動して説明書を読みふけった。尻尾が興奮でゆらゆら揺れる程度には感動した。人類の英知というものに感謝を捧げた。
そうして万全の態勢で炊いた米は……宝石のようにツヤツヤしていた。
「おお、素晴らしい……かつて米のことを銀シャリと呼んだというが、そう呼ばれるに相応しい輝きじゃ」
「いや、いいけどさ……」
その隣で炊飯器を覗き込んでいた少女……ヒカルは呆れたような声をあげる。引っ越したというからお祝いも兼ねて来てみたが、そうしたらニコニコ顔のイナリに台所に呼ばれて「こう」である。ヒカルも人生経験は少ないが、それでも「もうすぐ米が炊けるから一緒に見てみないかの?」と誘われたのは初めてである。どれだけ米が好きだというのか。
「しかしまあ、随分高いの買ったな。120万するぞこれ……ほんとに一般家庭向けなのかよ」
「安野のおすすめリストのを一括で買ったからのう。ふふふ、これは良いものじゃ」
「あー……なるほどなあ」
ヒカルの見る限り、家の中にある家具はどれも高級ブランドで前の家にあったものとは雲泥の差だ。いきなり生活レベルが上がり過ぎだと思ったが、覚醒者協会が絡んでいるとなるとなんとなく理解できてしまう。
(金銭感覚がなあ……庶民なんだかお嬢様なんだか分かんないからなあ。その割にゃ全然使わないっていうか米とふりかけとお茶で終わりっていうか。まあ、使わせたかったんだろうなあ)
流石に宵越しの銭を持たないような生活は推奨していないが、稼ぎにあった生活をしてほしいというのは覚醒者協会の思惑なのだろうとヒカルは思う。まあ、イナリが贅沢をしている姿は全く想像出来ないので金を使えといっても「こういう方向」しか覚醒者協会も思いつかなかったのだろう。
(そもそも使う箇所がねえもんな)
ニコニコ顔でおにぎりを握り始めているイナリの巫女服にヒカルはそっと触れる。
「む? どうしたんじゃ?」
「いや、すげえ服だと思ってさ。何処で手に入れるんだこういうの?」
「儂も分からん」
「なんだそれ……」
変形機能がついていて、防御力は恐らく現在最高峰とされているものよりもずっと上。上級を超えて特級なのではないかと思われるような、そんな巫女服。あの刀もヒカルの見る限り、恐らくは同等のもの。そんなものがあれば装備を買う必要もない。
イナリが売ったらしいアイテムの数々で市場が活性化……「また何か出たとき」のために溜め込んでいたものを売りに出す者が増えたせいらしいが、この前聞いた感じだとオークションを買い取り屋くらいに考えている可能性もあった。それだけ欲しいものがないのだろう。
「ヒカル、たくあんを冷蔵庫から出してくれるかのう」
「ああ。たくあん……たくあんんん!?」
「な、なんじゃ? たくあん禁止令でも出とるのかえ?」
「そうじゃねえよ。いつの間に握り飯にたくあん添えるようになったんだよ?」
「ヒカル……お主……もしや握り飯に何かを添えるのは邪道派じゃったかの」
「ねえよそんな派閥。今までそんなもん添えなかっただろ」
ご飯があれば幸せ。おかずはふりかけ。そんなイナリが一体どうしてたくあんを買ったのか?
もしやと思ってヒカルが冷蔵庫を開けると……ある。たくあんに梅干し、野沢菜。しゃけフレークは前からあった気もするが、マヨネーズとツナ缶もある。いや、味噌もある……!
「くそっ、どう見ても米からの派生だけど充実してるように見えないでもねえ……!」
あと未開封のツナ缶を冷蔵庫に入れる必要はあるのか。まあ個人の勝手なのでヒカルはそのままにしておく。
「うむ、生活レベルを上げてほしいと言われたこともあるしのう。儂もここらで豊かで彩りある食生活というものを実践する気になったということじゃな」
「彩り……梅干しの赤と野沢菜の緑?」
「たくあんの黄色もあるのう」
「普通の野菜を食えよ。塩っぽいものばっかり選んでないで」
イナリはどう見ても栄養バランスばっちりのツヤツヤした肌をしているのであまり心配はしていないが、ヒカルは試しに野菜庫を開けてみて、そしてホッとする。
トマトにきゅうり、そしてレタス。ツヤツヤした野菜がそこに入っているのだ。
「いや、まあな。普通はそうだよな」
フッと笑みを浮かべながらヒカルは野菜庫を閉じるが……ヒカルは知らない。レタスは後日イナリがテレビで見たチャーハンを作るときのためのもので、トマトとレタスは買い物に行ったときに以前居た廃村が「そう」なる前に育てられていたものを思い出してなんとなく買ったものであるということを。
そう……買った以上は食べるし他の物が嫌いなわけではないのだが。食べなくても別に問題のない身体をしているイナリは、相変わらずの米中心の生活であったのだ。
……ちなみに、超高級炊飯器で炊かれた米のおにぎりは、ビックリするくらい美味しかった。
値段の高さには理由がある。それをイナリやヒカルに分かりやすく突きつける、そんな凄まじい実力であった。