お狐様としあわせな朝ごはん
さて、怪しい奴がウロついているとなったら、まずは何処に相談するのか?
普通に考えれば警察だ。しかしこの覚醒者時代、非覚醒者の警察がきてもあまり頼りにはならない。
相手が覚醒者だったら、同じ覚醒者でなければ太刀打ちできないからだ。勿論警察にも覚醒者で構成された部隊はいるが、そんなに簡単に出て来れるわけでもない。あくまでどうしようもない時のための虎の子であるからだ。
では、どうすればいいのか? 答えとしては警察でいいのだが、覚醒者案件となると覚醒者協会に話が回されることが多い。
覚醒者協会としても覚醒者の事件などというイメージの下がる話はあまり表沙汰にしたくはないし、政府だって変に覚醒者叩きの流れが盛り上がって覚醒者の大量国外流出……なんてことは二度と御免だ。まあ、その辺の大人の事情はさておいて。どのみちこの時代、覚醒者というだけで圧倒的勝者なのだがそれはそれ。人気だって欲しいのが当然である。
そんなわけで、不祥事を嫌う大人のパワーによりイナリのことを聞き回っていた怪しい奴はほぼ1日で捕まったらしい……という話を安野から聞いたのは、翌日の朝だった。
『どうもスキャンダル専門の記者だったようでして。狐神さんの周囲を嗅ぎまわってたみたいですね』
「すかんだる、のう。どういう意味じゃっけ、それ」
『ショッキ……衝撃的な出来事ですね。えーとほら、なんかこう……恋人発覚とか』
「儂がどうこうはさておいて祝福すべきことなのでは?」
『色々あるんですよ……』
「ふむ。まあ、解決したんじゃな?」
『そうなります』
「助かったのじゃ。子どもたちに声をかけていたようじゃからのう。何かあってからでは遅いでのう」
解決したのであればひとまずは問題ない。そう考えイナリが通話を終えようとすると安野からまだ切らないでほしいと言ってくる。
「む? まだ何か用事があったかの?」
『はい。今回の件に関連してなんですが……もっと安心安全な物件に引っ越すつもりはありませんか?』
「む、それは確かに……のう。儂のせいで治安が悪化するとあっては考えねばならんか」
今の家はイナリが覚醒者協会から借りているものだが、比較的普通の家ではある。実際、何かしらの事情のある覚醒者の支援のために確保されている物件であり、短期間でトップクラスを超える稼ぎを叩きだすような覚醒者が住んでるような物件ではないのだ。むしろ、色んなものが最低限であることで向上心を……みたいな狙いすらある。
もっと言えば、普通は稼ぎ始めると皆もっと良い物件に引っ越しするものであり、イナリのように生活の向上に全く興味のない人物を想定していないのである。
なにしろ唯一の贅沢がふりかけである。それは贅沢って言わない。
とはいえ覚醒者協会としても有望すぎる新人……そう、新人なのだ……ともかく有望で人格も非常に良好なイナリにあまり何かを言って嫌われたくはないので引っ越してくれなどとは言えなかった。言えなかったが……そこに来て今回の不審者事件である。覚醒者協会はもう日本支部の総力をあげて不審者狩りをほぼローラー作戦の如く徹底的かつ超速で解決したわけだが、大量の覚醒者に追われて囲まれて確保されたスキャンダル専門記者も、不運といえば不運である。
まあ、そんなわけで安野も上司の指示を受けて、満を持して新しい物件への引っ越しを勧めているわけだ。
「こうなればいっそ熱海に引っ越しを」
『いやそれは待ってください』
引っ越しを勧めたら有望すぎる新人が東京から他所に引っ越しました。こんなことを上司に報告したら安野は始末書である。下手したら左遷だ。絶対にやめてほしい。泣きそうだ。
『都内にしましょう。便利ですから』
「しかしのう」
『私ィ! 色々お勧めの物件とかあるんですよぉ! 明日! 絶対明日の朝行きますから! 一緒に決めましょうね! ね!』
「う、うむ」
『では明日! 朝9時にお伺いしますので!』
そうして電話が切れるが……イナリとしては何故安野がそんなに必死なのかよく分からない。分からないが……まあ、縁もあるし東京でもいいか、とは思っていた。そして物件紹介が明日なのであれば、今日はやることもなくなったわけで。イナリはご飯の炊ける音を耳にしていそいそと台所へ向かう。
「ふふっ……今日もよく炊けとるのう」
元から用意されていた、普通のよりも結構安物の……しかも型落ちの炊飯器なのだが、イナリはむしろ「昔の炊飯器より凄いのう」と思っている。家電情報のアップデートが全然できていない。さておいて。
ご飯を炊飯器からボウルに出すと、取り出すのは海苔玉子味のふりかけだ。
ボウルの中にさらさらとふりかけを入れていくと、イナリはしゃもじで勢いよく混ぜ始める。
そう、混ぜご飯を作っているのだ。ふりかけの「かけたて」直後のサクサク感は無くなってしまうが、ご飯に馴染んだふりかけのしっとりとした旨味が味わえる。ふりかけはどう食べてもご飯と合うし美味しいという、そんな証明のようなやり方だ。
しかし、ここで更にもうひと手間。混ぜたご飯をクルッと三角に握り、そこに海苔を軽く巻く。
海苔玉子味なのだから、そこに更に海苔を巻いても相性は保証されている。そう、これこそ完璧なおにぎりと言えるだろうとイナリは思っている。
勿論、塩にぎりでもいい。米というものの旨味を引き出すことが出来る。しかし……海苔玉子ふりかけにぎりであれば、人類の叡智がそこにプラスされる。これが美味くないはずがない。
そうして大皿に盛ったおにぎりを机に運んで、パクッと一口。
「……美味いのじゃ……」
それしか出てこない。そんな幸せな、イナリの朝食の光景であった。