お狐様、子どもたちと遊ぶ
公園。それは遥か昔は様々な遊具で溢れた場所であったという。しかしながら事故や劣化など管理の難しさもあり1つ1つ減っていき……他にも色々な事情で公園から子どもの姿は消えていった。そして今の時代。小さな公園は完全に消え、大きな公園が整備され木々が生えベンチや机などが置かれた新たな「癒し」の場所として統合されていた。
これ等はモンスター災害が起きた際の避難場所も兼ねているが、普段は子どもたちが気兼ねなく遊ぶための場所として開放されている。万が一に備えて覚醒者による警備もいるため、下手な場所で遊ばせるよりも安心なのだ。
そんな公園に置かれた机の1つで……イナリは子供たちに囲まれながらカードゲームで遊んでいた。
「よし、揃ったぞ! 儂のたあんで『鍛冶屋 平六』を指定。鉄を6と火を3使い『名刀平八』を鍛造!」
「そこに『裏取引』発動! 平六を裏切らせて『名刀平八』を俺の闘技者に装備! そのまま攻撃!」
「な、なんとおおおお!?」
「これでイナリのライフはゼロ……よっしゃあ勝ったああ!!」
2人がやっているゲームは今子どもたちに大人気の「闘技王」だ。様々なカードを使い装備を揃えて闘技者としての決闘に勝利する……といったゲームであるらしい。当然ながらイナリは知らないが、子どもたちが自分のカードを貸すから遊ぼうと誘われてやってみれば、見事に敗北である。
「というかこのげえむ、裏取引だの賄賂だの……黒すぎんかのう?」
「今時はそのくらいじゃないと人気出ないんだよ」
「それに好きなキャラで戦えるって利点もあるしね」
「そうそう!」
「ふむう……」
そう、このゲームにおける「闘技者」なのだがスターターセットなる初心者セットを買うと男女の「主人公」的なカードが1枚ずつついてくるのだが、好きなカードに取り換えることが出来るのだ。それは可愛いキャラだったりカッコいいキャラだったりと様々だが、色んな漫画やアニメとコラボすることもあるらしく、それでいてキャラ自体は勝敗に影響しないので皆本気で好きなカードを使っている。イナリが今使っていた闘技者カードもまた、そういうコラボ作品のカードであるらしい。ちなみにイナリは作品内容を説明されても全く理解できなかった。
「これって有名な覚醒者もイラストになって出たりするんだぜ!」
「イナリは出ないの?」
「私イナリちゃんのカード欲しいなあ」
「ううむ。儂はどうかのう?」
少なくともイナリは、赤井からそういう話を聞いた覚えはない。ということはそんな話は来ていないのだろう。まあ、子どもたちが喜ぶのであれば、そういう話が来たときは受けてもいいのだろうけれども。
「それでさー、結局なんでイナリって耳とか尻尾生えてんの?」
「なんでと言われてものう……」
「私知ってるー! 覚醒すると見た目が変わる人がいるんだよ!」
その話はイナリも知っている。覚醒者が覚醒するとき、見た目が変わることがあるという。たとえば髪や目の色などが変化したり、人によっては姿が大きく変わることもあるという。大男が美少年に変わったとかいう例もあるらしく、そういう実例があることでイナリに耳やら尻尾やらがあっても「そういうこともある」と思われる下地があったのである。
まあ……子どもたちは妙に耳やら尻尾やらを触りたがるのは困ったものではあるのだが。
「あーあ。俺も早く覚醒したいなあ」
「私もー! 猫の耳と尻尾がいいな!」
「俺、黒の魔女みたいな暗黒魔導士になる!」
子どもたちが望み通りに覚醒できるか分からないし、覚醒したとして望むような覚醒になるかは分からない。覚醒というのはいつどんなタイミングで起きるか分からないし、割合的には覚醒しないままの非覚醒者のほうが圧倒的に多いのだから。しかしそれでも、子どもは夢見るのが仕事のようなものだ、将来どのような道に進むことになるにせよ、イナリとしては笑顔で「そうなれるとええのう」と頷いてしまう。
「あ、そういえばさー」
「む?」
「最近、なんか変な大人がイナリの写真みたいなの持ってウロウロしてたぞ」
「……ふむ?」
それは、聞き逃してはいけない情報だ。イナリはたいしたことないという雰囲気をそのままに、気持ちだけを切り替える。
「なんとまあ、儂も有名になってしまったもんじゃのう。しかし怪しい大人に近づいてはいかんぞ?」
「近づいてねえし。なんか『この人について知りませんか?』みたいに聞いてくるから絶対ストーカーだと思ってさ」
「そうそう。防犯ブザー鳴らしたら逃げてった!」
なんとも怪しい話だとイナリも思う。イナリの情報を集めているらしいことは確かだが、集めてどうするつもりなのかは分からない。そもそも、何故この辺りにやってきていたのか? この近辺にイナリが覚醒者協会から借りている家があるのは確かだが、まさかそれを調べに来たとでもいうのだろうか?
分からない。それは分からないが……イナリには何よりも優先して子供たちに言うべきことがあった。
「お主らの勇気には感心するがのう。怪しい奴は何をするか分からん。そういうのを見かけたら、すぐにその場を離れるのじゃぞ」
そんな怪しい奴に関わってしまうことでどんな不利益が起こるか知れたものではない。
「万が一危険そうだと思ったら、儂のことなんぞ素直に話しても構わん。自分の身の安全を最優先じゃ」
だからこそ心配してそう言うイナリに、子どもたちは素直に頷くのだった。