お狐様、オークションに全く興味ない
数日後。覚醒者専用オークションに出品された2つのアイテムは覚醒者たちに凄まじい混乱を巻き起こした。
それも当然だ。1つ目は中級下位の頭装備、コロッサスの王冠。全ての能力を僅かながら上げるというアイテムだ。それだけ聞くと大したことがないようにも思えるが、実は凄まじい効果だ。
何しろ、覚醒者というものは個人の資質によって上がりやすい能力もあれば上がりにくい能力もある。たとえば物理ディーラーや物理タンクであれば魔力や魔防は非常に上がりにくいし、全く上がらないことだってある。
だからこそ物理ディーラーや物理タンクの場合、魔防を上げる装備などを常に欲している。
逆に魔法ディーラーなどは物防を上げる装備が欲しい。こんな感じの「もうちょっとあの能力を上げたい」という切実な願いは常に存在するのだ。
そしてそこに「全ての能力を僅かに上げる」コロッサスの王冠の登場である。
つまり得意な能力を上げつつ苦手な能力も上げていく。まあ、モノが王冠なので前衛の場合は少し考える必要があるが……それでも待ち望んでいたアイテムの登場と言える。
ついでに言うと、デザインが王冠だ。こういうものは常に欲しがる層がいる。
たとえば、そう……魔法系ディーラーとしては色んな意味で有名な『黒の魔女』千堂サリナだ。
「これよ……私に必要なのはこれだったのよ!」
「いやサリナちゃん。魔女帽こそ魔女の証って言ってなかった?」
「何言ってんのよ!」
自分のマネージャーにサリナはビシッとポーズをキメながら叫ぶ。この辺りは身体に叩き込んだ条件反射による行動であり、もはやサリナ自身にもどうしようもないがさておいて。
「第2形態を用意しとくのは基本よ基本! でもイメージを大きく変えないと意味がない……そこにこの王冠! 能力も申し分なし……! 黒の王女……女王にすべき……? とにかく大人気間違いなしよ!」
「どっちでもいいけど……値段さっきから目まぐるしく変わってるけど」
「え? あっ、もう2億!? まだ開始10分よ何処の馬鹿!? さては『ジェネシス』の竹中ね!?」
「分かるの?」
「分かるわよ! 『GenesisNo1』なんてアホみたいなID、アイツしか居ないもの! 何がナンバー1よ、バッカじゃないの!?」
竹中さんも『bracwiti』には言われたくないだろうなあ、とマネージャーは思いながらもサリナを見守る。
黒の魔女の異名が先行してあんまり本名を覚えて貰えていない疑惑のあるサリナだが、いわゆるイメージ商売の部分が結構ある覚醒者の中では間違いなく「顔を覚えてもらっている」覚醒者であり、確固たるイメージを築き上げている……いわゆるイメージ戦略での勝者である。
本人のイメージがどうしようもないくらいにハッキリしているのでコラボ戦略もやりやすく、コラボ案件数では間違いなく日本一。実力も魔法ディーラーとしては上位3人のうちの1人である。
そして、日本の多数の若者に「将来黒歴史にならない程度にカッコいい中二病とは何か」をその身をもってして示した張本人でもあった。
そう、覚醒者とはつまり超人であり中二病と合わさると「実際に秘めた力を持つ中二病」……いや、ダークな雰囲気のヒーローが出来上がってしまうのである。
実際、サリナのジョブは『暗黒魔導士』であったりする。なんかもう「そうなるがよい」と定められたかのようである。
ちなみに『なりたいジョブ』にはいつも暗黒魔導士が上位にランクインしている。さておいて。
「そっちのベルトはいいの? もう3億突破してるけど」
「ベルトォ? ベルトかあ……」
そう、もう1つの出品アイテム『コロッサスのベルト』。此方は物理防御を上昇させるアイテムであり、更に一定時間硬い石のように物理防御を上昇させる『ストーンスキン』を使用可能になる。こちらも中級下位であり、どんなジョブの覚醒者が使っても既存の装備に加えていける素晴らしいアイテムだ。勿論、物理系の前衛は是が否にでも欲しがる逸品だ。
逸品、なのだが。サリナにはあまりピンときていないようだった。
「あんまり惹かれないわね、デザインだっさいし。私、能力がいいからってダサいデザインを着ていい人間じゃないから……ってげっ、王冠4億1100万!? 応札応札! 誰よ100万で刻んでるの!」
マネージャーからしてみればまさに天上人の会話だ。とんでもない額の札束で殴り合うこの光景は、まさにトップ層の覚醒者の景色なのだろうから。たぶん落札すると決めたなら、サリナはあと3億は平気で使うだろう。そんなことをしても何の痛痒も感じない程度には稼いでいるし、イメージ作りはサリナにとっては最優先なのだ。
イメージと実力の両立……それを自分に課しているサリナは、性能の低い装備で自分を飾るのを虚飾と言い切る。
覚醒者を泥臭いなんて言わせない。誰より華麗と言わせてみせる。
かつてそう言い切ったサリナは、その宣言通りに覚醒者のトップ層を走り続けている。
「ふ、ふはは……どうだ6億! この私の前にひれ伏し応札などという徒労を悔いるといいわ!」
お茶でも淹れてきてあげようと給湯室に向かうマネージャーの耳に「ぎゃーまた100万刻み!」というサリナの声が聞こえてきたが……「あんなものを出品するなんて、どんな人なのかなあ」と思ってしまう。
サリナですら持っていないようなものをポンとオークションに出してしまうということは、トップ層の誰かなのだろうが……オークションは代理出品なので確認する術もない。する気もない。しかし、ちょっとうらやましいな、とも思うのだ。
……そんな羨ましがられている本人であるイナリはその頃、オークションのことなど完全に忘れて子どもたちの遊びに付き合っていたのだった。