お狐様、やっぱり要らないものは要らない
静岡第1ダンジョン前。欠伸をしていた職員は、転送場所に転移してきたイナリを見て「えっ」と驚きの声をあげる。まだたいして時間もたっていない。なのに、もうクリアしたのかと驚いたのだ。
「え? ええ? え、あれっ? 嘘だろ……」
思わず時計を確認してしまうが、それで何かが変わるわけでもない。
職員も狐神イナリという覚醒者のことくらいは知っているつもりであったが、実際にどのように凄いのかは分かっていなかったということだ。「可愛くて強い」……まあ、そのくらいの話は知っている。しかし逆に言えば有名人を見て誰か分かっても具体的に何をしているかとなると分からなくなるような、その程度の認識しかなかったということでもある。だから、イナリのダンジョン攻略速度を目の当たりにすると驚いてしまうのだ。
「お、お帰りなさい。無事にクリアされたのですね」
「うむ。しかしの……お、出たか」
「え?」
―称えられるべき業績が達成されました!【業績:コロッサス破壊者】―
―報酬ボックスを回収し再計算中です―
―報酬ボックスを手に入れました!―
「まーた可愛くもない箱じゃのう」
「と、特殊報酬ボックス……初めて見た……て、あ、おーい! 鑑定!」
走ってくる鑑定係の職員にイナリは「急がんでもええぞー」と呼びかけながら手の中の箱を見る。
やはり可愛くない箱だ……コロッサスのデフォルメされた不機嫌そうな顔が水玉のようにプリントされた包み紙の箱だ。
そうしてやってきた鑑定係の職員はイナリの手の中の箱を見て驚きのあまり呻く。
「コ……『コロッサスの報酬ボックス』……え? このダンジョン、隠しボスとかいたんですか?」
「そのようじゃのう」
イナリは神隠しの穴からドロップしたアイテムをザラザラと机に放り出していくと、早速コロッサスの報酬箱の包み紙を破って開けていく。すると、そこから飛び出してきたのは1本のベルトだ。どこかで見たような、そうでもないような古めかしいデザインのベルト……いや、やはり何処かで見たことがある。
(む、むむ……はて、どこで見たんじゃったか……)
「ああーっ!?」
「ひょー!」
鑑定係の職員のあげた声にイナリは耳も尻尾もピーンと立ってしまう。一体何事だというのか。驚きすぎてつま先立ちしかけている。
「な、なんじゃあ!? 驚かすでない!」
「す、すみません。しかしこのアイテムが……」
「む?」
鑑定係の職員が見ていたのは、コロッサスがドロップした王冠だ。そんなものがどうしたというのか、イナリは首を傾げてしまうのだが……鑑定係の職員は緊張しているのか冷や汗まで流している。いや、実際緊張しているのだ。静岡第1ダンジョンからこんなものが出るなどとは思ったこともないからだ。
「こ、ここ……これは『コロッサスの王冠』です。全能力がほんの僅かですが上昇するという……も、勿論持って帰られますよね?」
「ふむう」
「凄すぎる……とても運がいいですよ。おめでとうござ……え、そのベルトは……コ、『コロッサスのベルト』……?」
「おーくしょんで頼むのじゃ」
「へ?」
「おーくしょんじゃ。魔石は持って帰るがのう」
「へえええええええええ!?」
「ひっ!? なんじゃなんじゃ、夜道でのっぺらぼうにでも会ったような顔をしおって!」
「のっぺらぼうだって今の発言を聞いたら顔が生えてくるってもんですよ!」
「おお……それは中々に恐ろしげな光景じゃのう……」
こんな顔だったかい? とか言いながら何もない顔面にパーツが生えてくるのっぺらぼうはそれだけで気絶しそうなホラーに思えるが、それはさておいて。
「こ、こんな! こんな凄いものを売る!? え!? 普通使いますよね!?」
「う、うむ。普通はそうなんじゃろうが……でも儂要らんし……それに」
「それに?」
「……その冠、儂の頭に乗せるの、結構辛くないかの……?」
「あっ」
そう、イナリの狐耳。それを考慮した上でコロッサスの王冠を乗っけると……なんかこうキュッとした感じになってしまいそうである。おまけに巫女服にもあまり合っていない。ベルトも同様である。
「その狐耳、外れない感じですか……」
「おお、さらりと恐ろしいことを言うのう……」
一般的に耳が着脱式の生き物はあんまりいない。いないが、一般的に狐耳の生えた人間もあんまりいない。その辺りは悲しき一般常識と認識の差であるだろう。さておいて。
「まあ、そんなわけでソレは売るのじゃ。おお、この『べると』もじゃな」
「そう仰るのであれば……」
そう言って鑑定係の職員は引き下がるが……「たぶん大変なことになるだろうな」と予想していた。ここ最近、今まで見なかったような高い能力のアイテムが出品されることが多かったらしいが、たぶんああいう覚醒者が出してるんだろうな……などと思ってしまうのだ。
まあ、実際には「ああいう覚醒者」というか全部イナリなのだが、鑑定係の職員……凄い下っ端がそんなことを知るはずもない。
職員に予想できるのは、これから本部に連絡して、これを引き渡して。そうして厳重な保管の下で開始されたオークションが大荒れするだろうな、と。そんな間違いなく現実になるだろう予想をすることくらいだった。
鑑定係「オークション、リアルタイムで見たいなあ……有給取れっかなあ……」