お狐様、静岡第1ダンジョンに挑む
翌朝。干物にだし巻き卵、ご飯のお供といった小皿が数種類にお味噌汁。そんなイナリとしては大満足な朝食を食べれば、ダンジョン攻略に出発である。
今回の目的地である静岡第1ダンジョンは熱海銀座と呼ばれている商店街の比較的近くに存在している。
様々なお店の立ち並ぶ熱海銀座は、モンスター災害からの復興後も同様に賑わっている。
それは熱海という街が1度奇跡の復興を成し遂げた強さであることは疑いようもないが、その原因であるダンジョンゲートを前にしても引かないだけの度胸を熱海の人々に芽生えさせたせいもあるのだろう。勿論、命は大事なので退避マニュアルはしっかり存在するのだが。
「おお、賑わっておるのう」
「熱海は強い街ですからね。ほら、ダンジョン餅とか売ってますよ」
「だんじょんに負けない粘り強さを……? おお、人の強さの象徴のようじゃのう」
香ってくる醤油の香り。注文を受けて焼くお餅だが、朝食を食べた後でもお腹の空く暴力的な香りだ。この香ばしくも美味しそうな香りは、人の食欲に働きかける効果でもあるのかもしれない。
「此処は1つ食べてみるべきかの……?」
「さっき朝ごはん食べたばかりですけど」
「しかしこういうのは縁起物じゃし」
「まあ、うーん……」
結局イナリに押し切られる形でダンジョン餅を買いに行くと「いそべ」「砂糖醤油」「おろし醤油」などと揃っている。
「基本醤油系なんですね」
「儂はいそべでお願いするのじゃ」
醤油を塗り、海苔を巻いたいそべ焼き。これだけ聞くとシンプルな組み合わせだが、餅の王道の食べ方とも言える味付けである。甘辛い醤油と、パリッパリの海苔の組み合わせ。それが餅という土台で組み合わさることにより、多くの人に好まれてきた味付けに到るのだ。
「おお、美味い……餅を食うのは初めてじゃが、なんとも素晴らしい味じゃのう」
「お正月以外で食べる経験、あんまりないんですが……やっぱり美味しいですよね」
そうして餅も食べれば、今度こそ静岡第1ダンジョンである。身分証を示してフェンスの奥へ向かい、手続きを終えれば赤井はひとまず此処までである。
「では行ってらっしゃいませ、狐神さん」
「うむ、行ってくるのじゃ」
赤井に見送られながらイナリがダンジョンゲートを潜れば、そこは前日のミーティングで聞いた通りに岩山であった。険しい岩山の中腹……両端を切り立った崖で囲まれたようなその場所は、振り返ればダンジョンゲートがある。
「何度見ても不思議な場所じゃの……」
空を見上げれば曇天だが、まるで本物の空であるかのように見える。しかし、ここは間違いなくダンジョンの中だ。まるで世界を切り取ったかのような、そんな不可思議な空間……それを「歪め」ようとしている存在がいることに、イナリは改めて思いを馳せようとして。ズンズン、と響いてくる足音の主へと視線を向ける。
「おお。なんちゅーか……アツアゲの方が可愛いのう」
そう、そこに居たのはロックゴーレムと呼ばれる岩のモンスターだ。大小様々な岩を集めて人型にまとめたような、そんな外見をしたソレは、おおよそ3メートルほどの巨体である。そして……生物ならば存在するはずの関節や目、口などの器官は存在していない。まあ、その辺だけを抜き取ればアツアゲと共通する部分はあるのだが。
「どれ、頑丈そうじゃし……少々強めでいくぞ!」
イナリの指先から放たれた狐火がロックゴーレムに命中し、その頭部が粉砕され吹き飛ぶ。アツアゲと同じであれば新しい部品が飛んでくるところだが、ロックゴーレムはそのままガラガラと崩れ去り魔石がその場にドロップする。
「……うむ? 予想より脆いんじゃのう」
まさか一発で終わると思っていなかったイナリは、自分の中でロックゴーレムの評価を下方修正する。どうやらゴーレムとしてはアツアゲのほうが余程上等であるらしい……まあ、アツアゲ……積み木ゴーレムがボスであることを考えれば当然ではあるのかもしれない。
さておき、イナリは魔石を拾って神隠しの穴に放り込む。まあ、頭を破壊すれば死ぬというのであれば他のモンスターと何ら変わりはしない。
イナリは続けて現れたロックゴーレムに狐火を放って頭部を破壊して。
「おお?」
頭部を無くしたままロックゴーレムがイナリに繰り出してきた蹴りを受けて吹っ飛び転がっていく。しかし、怪我はない。ないが……イナリは驚いたような顔をしていた。
「驚いたのう……今度は頭が壊れても死なぬのか」
「ゴオオオオオオオ!」
「おお、おお。そうじゃな。儂が勝手に甘く見ただけじゃな」
会話が出来ているわけではないが「舐めるな」とでも言われたように感じてイナリは跳ね起きると向かってくるロックゴーレムに狐火を連続で放っていく。それは胸を貫き、腕を破壊し……全身くまなく破壊して、ようやく魔石をドロップする。
「最後に破壊したのは腰、か。ふむ……もしや個体によって弱点が違うということかの?」
そう、ゴーレムはコアパーツを破壊すれば死ぬ。まあ、コアパーツを破壊せずとも動けなくなるまで壊せば変わりはないので、実のところ知られていない事実であったりする。世間的には「ゴーレムは滅茶苦茶タフなのでとにかくぶち壊せ」と伝えられているからだ。この辺りは必死に戦う覚醒者たちと余裕のあるイナリの観察力の差と言うほかない。
そして、ちょっと話はズレるのだが。積み木ゴーレムはコアパーツなんてものは存在しなかったりするので、コアパーツの存在が常識になっていないのは当然とすら言えるだろう。そう、その辺を考えるとゴーレムとは研究が進んでいなくても仕方のない、不思議モンスターであるのだ。
イナリ「何やらアツアゲが勝ち誇っておる気がするのじゃ……」