めんどくさいのじゃー
「魔石だな。ま、小遣い程度にはなるか」
腰の小さな袋に石を入れると、神田はイナリへとパッと笑顔を向ける。
「狐神ちゃーん! すげえじゃん、詠唱すらなかったよな!? 何アレ!」
「ただの狐火じゃよ」
「あー、狐巫女だっけ! レベル幾つよ、俺は7なんだけど!」
「1じゃな」
特に隠すことでもないと答えれば、全員が「えっ」と声をあげる。
「レベル1であの威力の火魔法を……?」
「凄いですね。これは、思わぬ逸材と出会ったのでは」
「ハハ、すげえな狐神ちゃん! 今のだけでもマッチングした甲斐あるじゃん!」
「お、おう。そう言って貰えるのは嬉しい、のう?」
比較的問題の無さそうな攻撃手段を選んだつもりなのだが、どうにもやり過ぎだったらしい。しかしまあ、やってしまったものは仕方がない。イナリは心の中で溜息をつきながら、幾つか考えていた攻撃手段を頭の中から削除していく。
「じゃ、ガンガン行くか!」
神田は結構リーダー気質があるようで先頭に立ち言葉通りにガンガン進んでいく。
ゴブリンは武器の違いこそあれど実力的には然程違いもない。初心者向けというのも理解できる……などとイナリは思うが、同時に疑問も浮かんでくる。
こんなものを作ったのは誰なのか? ステータスを作った者と同一なのか?
もしそうだとして……それは何処の神なのか?
分からないままにイナリたちは洞窟の奥へ辿り着く。
すると、そこで椅子に座っていたゴブリンが「ギイイイイ!」と不快な声をあげる。
「ゴブリンリーダーか! 狐神ちゃん、一発頼む!」
「うむ」
正直イナリには然程違いは装備以外には然程分からないが……ひとまず狐火を放つ。
ゴウ、と音を立てて放たれた小さな火はゴブリンリーダーの頭を一撃で吹っ飛ばし、ゴブリンのものよりは少し大きい魔石と……微妙なデザインの額あてが落ちる。
「一撃かよ……」
「私たち、いらなかったですね」
「凄いです……」
「うむぅ」
そんなことを言われても、と唸ってしまうイナリだったが、「初心者向け」とやらが想像以上に簡単であることは理解できた。正直、このくらいであれば仲間は必要ない。
「お、ゴブリンリーダーの額あてか……F級アイテムだけど、誰か使うかー?」
「む? 見ただけで分かるものかの?」
「いや? アイテム情報は結構公開されてるからなあ」
「ゴブリンリーダーの額あては誰でも使いやすいからそれなりに人気なんですよね」
神田に新橋がそう補足するが、まあイナリは欲しくもなんともない。
ないが……それが「アーティファクト」と呼ばれる類のものと同質であることは理解できていた。
ワイワイと盛り上がる「仲間」たちを余所に、イナリの思考は冷えていく。
この世界にいるはずのない、モンスターたち。死体の消失する不可思議な状況に、簡単に手に入るアーティファクト。
(この世界はどうなっておる……いったい、何処へ向かっているのじゃ……?)
分からない。分からないが……イナリはこの時、一人で行動することを決めていた。
覚醒者とやらの力は確かめたし、その上で「必要ない」と判断できてしまう。
確かに強いのだろうが、イナリが自由に動くには居ない方が都合がいい。
だからこそ精算作業とやらを固辞して魔石を1個だけ貰い、与えられた家とやらに向かうのだった。
「ほう、これが……半年無料、とな」
イナリが辿り着いたのは、覚醒者協会日本本部から程近い一軒の家だった。
2階建ての鉄筋コンクリートの家は非常に現代的だが、イナリから見れば理解できない箱型の家に思えた。
「よう分からんが立派じゃのう……」
実際には築年数もそれなりにたっているし、覚醒者協会から近いというのには実はデメリットもあったりする……が、イナリには関係ない。貰った鍵を差し込み開けると、イナリはなんだか感動してしまう。
(ううむ。よう考えてみれば儂、自分の家を持つなど初めてのことじゃのう)
今までイナリは「自分の家」など持ってはいなかった。
あの廃村にも住んではいたが勝手に住んでいただけであり、イナリのものだったわけではない。
まあ、此処も借りているわけだからイナリのものではないが……それでも、相当違う。
そして内装も家電も、イナリにとってはよく分からないものばかりだ。
「てれびは……まあ、さっき見たから分かる」
ある程度の準備はされているらしいのですぐに使えるのだろうが、それにしても分からないものが多すぎる。さしあたっての問題は部屋の明かりだ。
「室内灯はある。あるが……紐は何処じゃ!? 知っとるぞ、こう紐を引けば電気が点いたり消えたりするんじゃろ!?」
その方式はすでに一部にしか残っていないが、イナリの知識はそこで止まっているので仕方ない。
しばらくあちこちウロウロした後、ようやく電気のスイッチを見つけたり水道のハンドルを確かめたりと一通り大騒ぎするとソファーにぐってりと倒れこむ。
「時代変わり過ぎじゃろー……めんどくさいのじゃー」
あまりにも変わり過ぎた文明はイナリにとっては新鮮な驚きの連続過ぎて、気疲れが酷い。
電話のダイヤルすら消えたこの時代、慣れるだけでも相当な手間がかかりそうではあった。
お風呂の給湯器「お湯張りを開始します」
イナリ「シャベッタアアアアアア! え!? これどうなっとんの!?」