お狐様、ミーティングをする
新海旅館の3階の角部屋。1人で使うには少々広すぎる部屋だが、窓から見える相模湾は美しい。
初島への定期船や漁に出る船もいる関係もあり海岸防衛隊の姿も見えるが、海というものは今も昔も美しいものだ。
そんな光景が窓から見える部屋に今、赤井も書類を持ってやってきていた。
「明日行く静岡第1ダンジョンですが、ゴーレムダンジョンとも呼ばれています。ゴーレムについてはご存じですか?」
「いや、知らんのう」
「では初めからご説明しますね」
静岡第1ダンジョン。それは山岳型ダンジョンに分類されており、岩山のようなフィールドで構成されている。様々なゴーレムが出現するのがゴーレムダンジョンという呼び名の理由だが、このゴーレムというのは主に土や岩、金属などで出来た大型モンスターのことを指す。小さなものでも3mからの大きさを持っており、強い力と頑丈な身体、そして疲れを知らないタフさが特徴だ。
「人型だけではなく、動物型が出ることもあります。それゆえに動きのパターンも様々ですが、生半可なタンクでは防御しても吹っ飛ばされることもあります。怪我人が多いことで有名ですね」
赤井が示す書類には「人型」「ゴリラ型」「牡牛型」などが書かれている。添付された「ゴリラ型に殴られて砕かれた盾」の写真などは、かなり無惨だ。拳の形にへこみ、そこを中心に完全に破砕されている。かなりのパワーを持っているようだが、これでは確かに前に出て攻撃を受け止めるタンクが生半可な防具で身を固めた程度では無理だろう。
「ふうむ。しかし盾役が役目を果たせんとなると『やられる前にやる』という戦術ということかの?」
「そうする場合もあります。しかし、サポーターがいれば解決するんです」
「さぽおたあ?」
イナリの知っている役割は3つだ。
攻撃してダメージを与えるディーラー。
防御を固め壁となるタンク。
回復を担当するヒーラー。
これに物理と魔法の2タイプがあり、この構成となっているはずだが……サポーターは聞いたことがない。
「はい。ディーラー、タンク、ヒーラー。この3つに属さない特殊なタイプです。補助魔法や妨害魔法を使うバッファーが有名ですが、召喚魔法を使うサモナーやその他、特殊な戦い方をするタイプは全てサポーターに含まれますね」
「ほうほう。とすると大分話も見えてくるのう」
「ええ、バッファーの補助魔法や妨害魔法で解決することが多いんですね。ただ、バッファー……というかサポーターは結構レアですので、その辺の都合がついた人が静岡第1ダンジョンに挑戦するというわけです」
だからこそ、比較的静岡第1ダンジョンの予約は取りやすい。バッファーの都合がつかなければ難易度が上がるのだから当然だ。自然と「クリアできる自信のある者」だけが予約するようになり、とりあえず予約するといったような無鉄砲なものは減るのだから。
「……ん? じゃが儂が予約の話をしたときに止めんかったよな? さぽおたあは居らんのに」
「秋葉原の臨時ダンジョンをあの速度でクリアする人の攻撃力を心配する必要がないので……」
「納得じゃの」
加えて言えば赤羽での映像は赤井も見たが、マーマンを紙か何かのように容易く切り裂いていた。固い鱗と頑丈な骨に守られたマーマンをああも簡単に斬り、小規模ながら強力な火魔法も使う……そんなイナリがゴーレムに負けるイメージは、はっきり言って赤井には微塵も浮かばなかった。
「勿論、狐神さんが望むのであればバッファーのご用意は出来ます」
「ほう。もしやほっくすほんに」
「はい。私です」
「む?」
「この私、赤井里奈。ジョブは『電脳魔術師』。バッファーとしてであれば、日本で3本の指に入ります」
電脳魔術師。それは他に発現者のいない「ユニークジョブ」として知られているジョブである。なんらかのデジタル機器を媒体として現実に影響を及ぼすプログラムを発動させる、そんな魔法を使うジョブなのだが……デジタル機器に大きな負荷がかかるので連発できないのが弱点であり、赤井がフォックスフォンを立ち上げたのにはその辺りの事情も絡んでいたりする。
「試しに、1つ魔法をかけてみてもよろしいですか?」
「うむ」
「では、お言葉に甘えまして」
赤井はポケットから覚醒フォンを取り出すと、その先端をイナリへ向ける。
「プログラムロード:物理防御上昇:レベル1」
覚醒フォンが輝き、その前に緑と白で構成された球体が急速にカチカチと音を立てて組み上がっていく。それは文字通りに「魔法の構築」であり、基本的に効果の強い魔法ほどこの「ロード時間」が長くなる。
『コンプリート』
球体が光へと変わり、イナリを包み込み薄い光のヴェールとなる。なるほど、確かに微弱だが守られている感覚がある……とイナリは思う。隙も多そうだが、他者の能力を上げたり下げたりできるというのは、実力差を埋める良い手段であるのだろう。
「ふうむ、確かにこれは凄いのう」
「では……」
「じゃが、儂には必要ないかもしれん。すまんのう」
「……宿で待機してますね」
すまなさそうに謝るイナリに、赤井は残念そうにそう頷いていた。
イナリ「みーてんぐ」
赤井(海外の天狗の自己紹介……)