お狐様、焼肉を食べに行く2
肉の美味しさとは、単純に等級で決まるようなものではないという。肉の味というものはプロの目利きが必要と言われるほどに知識が必要なものであるのだが……その辺の難しい話はさておこう。要は美味しいお肉が何なのかはプロが知っているという話である。そして値段の高さとは大抵の場合は味に対する自信の評価である。あとは原価とか技術料とか……ともかく、高い店は素人が美味しい店を選ぶ基準の1つであるということだ。
さて、この牛天楼ではどうかというと強気な値段に比例してとても上質なお肉を出す。たとえば運ばれてきて並んでいるお肉の輝きも、ヒカルがジュウジュウと焼き始めたお肉の香りも。どちらも文句のないものである。
「おお、こんな肉は初めて見るのう。すうぱあにあった肉はこんなのじゃなかったと思うが。これが差というものなのかの……?」
「どこと比べてんだよ……せめてデパートの肉と比べろよ……」
「でぱあとは広すぎて迷うのじゃ……」
イナリの耳がへちょりとしている間にも、ヒカルが手際よくお肉をひっくり返して焼けていく。そうして焼けたお肉をひょいひょいと分配していけば……いよいよ、お高いお肉様の時間である。イナリとヒカルは顔を見合わせ頷くと、お肉を用意されたタレにつけてパクリと口の中に入れる。
すると……溶ける。溶けるのだ。口の中でじゅわりと溶けて、それでいて脂が決して重たくはない。そう、これが実に美味しい……のだ。
「これは……確かに美味いのじゃ」
「だな……ああ、美味ぇ……」
本当に美味しいものを食べたとき、誰もが言葉を失うという。しかし、実はそうではないのかもしれない。美味しいから、それ以外の全ての言葉が無粋に感じてしまうのかもしれない。何故なら食べてすぐに感じるのが「美味い」という事実なのだ。それ以外の何が必要であるだろう? この体験を共有している者同士で、それ以外の言葉など要るはずもない。伝えるべきものは、その口の中にあったのだから。
しかし、これは美味い。ならばとイナリは次の肉をご飯に乗せてみる。お肉でご飯をくるりと箸で巻き、口の中に運ぶ。そうすると上品な脂と肉の旨味が米に絡み、新しい境地を見せてくれる。これまた……美味い。米自体の味もいい。米特有の甘みが肉に非常に合うのだ。互いに互いを高め合うかのようなこの味の調和。確かに厳選された米であるのだろう……相性はバッチリだ。
「なるほど、これが肉と米の相性……理解できた気がするのじゃ。これをふりかけにしようとは……なんとも挑戦的なものよ。しかし商品としたのじゃ。さぞ自信があるのじゃろう……」
「いやまあ、いいけどさ……」
あまり期待値を上げるとメーカーが可哀想ではないかとヒカルは思わないでもないのだが、水を差すのもどうかと思ってご飯と共に言葉を飲み込む。アレはあくまで焼肉風だなどというツッコミは無粋でしかないし別にイナリの瞳を曇らせたいわけでもない。そろそろ次の肉を焼こうとトングに手を伸ばして……しかし、そこでイナリがすっとトングを手に取る。
「次は儂が焼いてやろう。こういうのは平等にやるべきじゃからの」
「ええ? いいよ……アタシのほうが絶対上手いし」
「いや、しかしのう」
「いいから」
イナリからトングを取ってしまうヒカルだが、イナリはそこから威嚇の気配を感じ取っていた。別にイナリを信用していないわけではないのだろうけども。肉を楽しそうに焼いているヒカルを見ると、それがヒカルの楽しみなのだと気付く。となれば、余計な気を回すべきではなかったとイナリは微笑む。
(可愛らしいものじゃのう。しかしまあ、分からんでもない。肉を焼く音は楽しいからの)
まあ、実際にはそういうのではなくて典型的な焼肉奉行なのだが、イナリがそれを知ることは無い。ヒカルも楽しくて、イナリも肉を焼いているヒカルを見て楽しい。双方に損は全くない。しかしニコニコしているイナリを見てヒカルも何か思うところがあったのか、トングを差し出そうとしてくる。
「あー……ん。次、替わるか?」
「ふふふ。そう無理せんでもええよ。儂はお主が焼いているところを見るだけで楽しいでのう」
「そ、そうか?」
やはり自分で肉を焼きたいのだろう、言われたヒカルは素直に嬉しそうだ。そんなヒカルを見てイナリも嬉しい。双方の利益が合致した瞬間であった。そうしてヒカルが焼いた肉を2人で食べて、なんとも幸せで美味しい時間は過ぎていく。
「はあ……美味かったのう」
「だな。大満足だ……」
最後のデザートのフルーツも食べれば、しっかりと大満足である。覚醒者カードでの支払いが出来るので、きっちり割り勘を……イナリが出すと言ったのをヒカルが割り勘にした……ともかく支払いをきっちりと終えると、今日の焼肉も終わりで。
……ちなみにだがこの後、イナリが家に帰って食べた焼肉ふりかけご飯の感想は「うむ。美味いのじゃ」であった。これで和同食品の焼肉ふりかけ開発チームの努力も報われて。みんな幸せな、そんな結果であったという。
イナリ「幸せじゃのー」