お狐様、焼肉を食べに行く
さて、そんなわけでイナリちゃんふりかけは絶賛発売準備中であるわけだが。それはそれとして、その3日後。イナリの姿は、とある店の中にあった。
大きな机と、その机の真ん中にある網……そう、焼肉店である。向かい側の席にはライオン通信のイメージキャラである瀬尾ヒカルの姿もある。一体どうしてこの2人がこんな場所にいるのか? それは単純で、イナリが焼肉店に行きたいと言い出したからである。
「それでさあ……なんで焼肉? いや、好きだけどさ?」
「うむ。話せば長くなるのじゃが……」
そう、和同食品との話し合い後「イナリに」ということで大量のふりかけがフォックスフォンに送られてきたのだ。和同食品で製造しているふりかけとのことだが、文字通りに色々な種類があった。その中には1つ……イナリが買おうか迷って買わなかったものがあったのだ。
「……オチが見えてきた気もするけど、まあ続けて?」
「うむ。ヒカルはぱんだを知っとるかの?」
「パンダ? 知ってるけど」
「黒と白の生き物であるぱんだじゃが、実際に絵に描いてみよと問えば正確に答えられるものは少ないと聞く」
「ふむふむ?」
「それはな、ぱんだという情報を知っていても実物を知らぬからに他ならん。ぱんだを知らぬものがぱんだと似たような別物を見せられたとして、そうであると気付くかは怪しいものじゃ」
そう、実物を知らなければ偽物を見ても「そういうものか」と思ってしまうだろうし、本物そっくりに作った何かを見てもどのくらい凄いのかは理解できないだろう。そうした判断は「本物」を知ってこそ出来るものだからだ。
いや、むしろそれを怠って行う判断は、実にあやふやで感動も薄れたものになるだろう。「そういうものか」で済ませてしまうのは、本来得られた感動をドブに捨てる行為に他ならない。だからこそ、本物を知るという体験は重要になってくるのだ。
「焼肉ふりかけ貰ったんだな」
「ああっ! そこは一番重要なとこじゃろ!?」
「知るかよ。前置き長ぇよ。焼肉食わないと焼肉ふりかけ食っても分かんないでいいじゃん。パンダの例え全くいらねえよ」
「ぱんだは嫌いかの?」
「ライオンのほうが好き」
「おお、そうかそうか。まあ、儂はどっちも知らんのじゃけれども」
「ますますパンダの話要らねえじゃん。つーかイナリがパンダを区別できるか怪しい人じゃん」
「うーむ。ぱんだも見に行くべきかのう」
まあ、そんなわけでイナリがヒカルを焼肉に誘った結果、この個室で焼肉が食べられる「牛天楼」を予約してくれたわけである。まさかイナリとヒカルでその辺の焼肉屋さんに行くわけにもいかない……行けばほぼ確実に騒ぎになるし写真を撮る人も現れるので、この辺りはヒカルの気の利く、というよりリスク管理の出来ている部分になるだろう。
更に言えばこの牛天楼、東京でも高級で美味なことで有名な焼肉屋さんである。庶民感覚でいえば一食にかける値段としてはかなり躊躇する類のお値段のするこのお店、「お高くないかのう」と渋るイナリを説き伏せて予約したのである。ちなみにイナリは此処で3食食べても問題など欠片もないくらいには稼いでいる。自覚がないというかお金に然程興味がないせいでその辺の感覚が全く身についていないが、さておいて。つまるところ、そういうのをポンと出せるお客さんが来る類のお店であり、個室であるのもそういう「邪魔されずに食べたい」といった要望に起因するらしい。まさに今回のイナリやヒカルに最適であるというわけだ。
「ま、いいけどさ。丁度肉とか食いたかったし」
「普段は食わんのかえ?」
「キャラ作りの一環でキラキラしいものを普段は食ってるからなあ」
先付けのサラダをもしゃっと食べると、ヒカルは嫌そうな顔をする。ヒカルはライオン通信のイメージキャラとしてかわいいイメージで売っている以上、なんか食べてるものも可愛らしいものが多い。ライオン通信の建物内でならともかく、何処で誰が見ているか分からない場所で牛丼大盛とかを食べているわけにもいかないのだ。もっとベーグルサンドとか、そういうものを食べていてほしいというライオン通信のマネージャーからの要望である。何処で写真を撮られるか分からない以上、それも仕事の一環だ。
「つーか、イナリはそういうのあんまり縛りなさそうだけど。なんで食ったことねえの?」
「なんでと言われてものう」
そう、何故かと聞かれても「なんとなく食べてない」の一言に尽きる。しかしヒカルの求めている答えがそういうものではないと知っているから、イナリは焼肉を今まで食べていない理由を考える。考えて……そうして「これだ」という理由に行きあたる。
「うむ。儂……ふりかけとご飯があれば満足じゃから……」
「お、おう。そうか……いっぱい食うといいと思うぞ。此処、ご飯も美味いらしいし……」
「楽しみじゃのう……」
「そうだなー……」
(肉頼んだ時より嬉しそうだな……)
思いつつも言わない辺り、ヒカルも結構いい子であるのは……まあ、間違いない。
イナリ「ほうほう、厳選された国産の伝統コシヒカリを……」