お狐様、コラボについて話し合う
ふりかけ。名前は知っていても、その美味しさを忘れているものは多い。
ご飯にかけるものとしてはまさに最初に名前が出てくるふりかけ。パッケージの形状は色々だが、小さな小袋に入れられたふりかけを記憶する者も多いのではないだろうか? 熱々のご飯にサラサラとかけたふりかけは、食べればご飯に幸せな食感と味をプラスしてくれる。最近では多種多様な種類も出ていてグルメな人にも安心できる味を求める人にも満足できるものとなっている。ご飯の供ともご飯の友とも言えるふりかけは、まさに米を主食とする人々にとってはご家庭の味でありベストパートナーであるだろう。そう、ご飯と出会うために生まれご飯を彩る食の発明、それがふりかけなのである。
ならば、そんなふりかけが嫌いな人間などそんなにいないに違いない。人の好みは様々なのであんまり強い言葉は使えない。コンプラは大事である。
「というわけなんですよ。当社はそんなに歴史があるわけではありませんが、ふりかけに対する情熱は日本一だと自負しております」
「うむ」
秋葉原のフォックスフォンのビルの会議室で、和同食品の社員が熱弁を振るっていた。
和同食品はブラザーマートを始めとする各種コンビニにも商品が並ぶほどの大手食品会社であり、社長の方針によりいわゆる「ご飯のお供」にもかなり力を入れていた。
その1つがふりかけであり、色々な会社がしのぎを削る「ふりかけ」市場で一歩先んじるべくイナリに声をかけたというわけなのだ。
「と、いうわけで……本日は幾つかの案をご用意しました!」
そうして用意されたスライドが、幾つかの案を表示していく。
和の心を再確認、古都の梅味。イナリちゃんのようにすくすく強くなる、34種の野菜味。マーマンなんか怖くない、カツオ味。お狐様の力を感じるような、いなり寿司味。表示されていくスライドにイナリは「んー……」と言葉を選ぶように小さく唸る。
「別に儂、いなり寿司が大好きというわけではないんじゃが……というか、どんな味なんじゃそれ」
「いなり寿司の甘辛い風味をふりかけで再現します。ちなみに『いなり寿司味』は仮名で、こちらに決まったときには『イナリちゃんふりかけ』みたいな可愛い方向でいこうかと考えています」
「ほうほう……ちなみに野菜味の場合は?」
「それはまあ、改めて良い名称を検討する方向で」
イナリが和同食品の社員をじっと見ると、和同食品の社員の目がサッと違う方向を向く。そんな和同食品の社員から視線をそらさないまま、イナリは机を指でコツンと叩く。
「もしかしてなんじゃがー……イナリちゃんふりかけとやらで通すつもりで話持ってきてないかのう?」
「い、いやあ……そんなことは。ははは、いえいえ。あらゆる可能性を検討してより良いものを模索していけたらと考えております」
「そうかそうか。ならば、いなり寿司味以外で決めていこうかの」
「待ってください! 社員一同、イナリちゃんふりかけならいけるぜって乗り気なんです!」
「そうなら最初からそうと言えば良かろうに。回りくどかろう」
「うっ……仰る通りです」
実際、イナリとしてはどれに決まっても文句は無いのだ。しかし選ばせるふりをして結論が1つというのは、どうもあまり良い気分ではない。ならば最初からそれ1つを持ってきてほしいと思うのは、イナリとしては当然の感情だろう。
しかし、そこで赤井が「まあまあ」となだめるようにイナリに声をかける。
「狐神さんはお嫌いかもしれませんが、ビジネスではよくある手法ですよ。本命の案に他の案を混ぜて『本命の案の方がいいな』と思わせるんです。1つしか案がないなんて本気度が足りないと考える会社もありますからね」
「なんと、そうじゃったか。これが普通なんじゃのう……では儂の物言いのほうが理不尽だったかもしれんの。すまんのう」
「い、いえいえ! 実際仰る通りですので!」
そう言いながらも和同食品の社員はイナリをじっと見て分析していた。実のところ、イナリは有名な覚醒者としてはかなり……いや、相当な人格者である。普通覚醒者とのコラボ案件とは商品に一切興味がないか滅茶苦茶口出ししてくるかのどちらかで「どう上手く納得させるか」がカギであるといってもいい。同じ覚醒者が運営する覚醒会社でもなければ、かなり調整に苦労するのが覚醒者コラボという案件なのだ。それでいて売り上げは物凄く良いから苦労の種なのだが……。
(さてはこれ、凄い楽に進むな……? 何処までこっちの案通せるかな……もしかして全部通る……?)
いなり寿司味を外すと言い出したときはちょっと焦ったが、本気でもなさそうだった。たぶん、だが。誠意さえ見せればどうにかなる。それはとても仕事としてやりやすい。そう思うのだ。そして実際、「イナリちゃんふりかけ」の名称案も……イナリは大分渋ったが赤井のフォローもあって無事通り、発売に向けての準備が着々と進んでいく。
同業他社牽制のためにと出したプレスリリースは大きく取り扱われ、早くも大ヒットの兆しが見えたそうだが……発売までには、今少しの時間が必要である。
イナリ「ちゃん、のう……何やらう……何やら気恥ずかしいのう」