お狐様、平穏を楽しむ
一連の事件から数日がたった。東京湾の臨時ダンジョンをクリアした攻略隊はメンバーがまさにスターチームということもあって、連日のようにテレビに取り上げられている。日本の救世主のように扱われている毎日だが、解決したということを強調することでいわゆる船員という仕事へのネガティブイメージを取り払うのも目的の1つに含まれているとかなんとか。まあ、そういうちょっと汚い話も多分に含まれているらしい。そんなわけでイナリへの注目度は減って、結構平穏な日常を取り戻していたりする。
「まあ、今回の諸々も解決したということじゃのう」
以前行こうとして行けなかった鍋谷珈琲店にエリと一緒に来ていたイナリは、店に置いてあるテレビでやっている情報バラエティから聞こえてくる音を聞きながらそう呟く。映像ではなく音なのは、向かい側の席に座っているエリにハートでも浮かんでいそうな目でジッと見られているのが気になり過ぎるからである。
「あー……かわいい……ほんっとかわいい……やっぱシチュエーションって大事なんだなあ……あ、尊い……私今日で死ぬのかな……」
「何も聞いとらんことは分かったが、そろそろ落ち着いてくれんかのう」
「分かりました! あとで写真撮りましょうね! 皆に超自慢するんで!」
「う、うむ」
そう、今日のイナリは折角なのでプレゼントされた和風メイド服を着ていたのである。エリがいつでもどこでもメイド服なので合わせた形になったが、事前に伝えたはずなのにエリはずっと挙動不審であった。
「というか前にも見たじゃろうに」
そう、エリとメイド隊にこの和風メイド服を着せられたのもこの前のことだ。まだその記憶が薄れるには早いのではないかと首を傾げるイナリに、エリはまるで胸元を射抜かれたかのような顔をしていた。実際キュンときたらしい。
「だって……正直あの1回で終わると思ってたのにイナリさんが私のためにそれを着て来てくれた事実が嬉し過ぎて。やっぱり私たちとメイドで覇権狙いません?」
「めいどの覇権ってなんじゃ……?」
「今のイナリさんなら『お主のハートを狙い撃ちなのじゃ、ばーん☆』とか言えば死を厭わぬファンを作れるレベルだと思います」
「え、怖……めいど、怖いのじゃ……」
指で銃のような形を作ってウインクしてみせるエリにイナリはかなり本気で引いていたが、覚醒者がアイドルのようにも扱われるこの時代、使用人被服工房のメイドや執事たちは一般人にもかなり受けがいい。「強くて可愛いメイド」「守ってくれる強さのある執事」のような、このモンスター災害により命の危機が身近になった時代の理想像に合致しているせいかもしれない。
まあ、ともかく使用人被服工房の面々のせいで理想の職業に「メイド」やら「執事」やらが出てくるこの時代、和風メイドのイナリというのは凄まじい破壊力なのである。
「えー、だって。視線凄かったじゃないですか」
「まあ、確かに凄かったがのう……」
そう、此処に来るまでの間イナリとエリは通行人に物凄い見られていた。なんとなく通り過ぎた人が振り返るほどに注目されていたし、スマホを落とした人も何度か見た。イナリはメイドが2人並んでいるせいだと思っていたしそういう面もあるが、大体イナリのせいであった。このメイドが人気の時代、イナリが思っている以上に和風狐耳美少女メイドの破壊力は凄まじかったのだ。
「ふふふ。実を言うと使用人被服工房でも一般用の和風メイド服の開発は始まってるんですよ。そして……そう、イナリさんが今日火付け役になったに違いありません……!」
「斯様なものになったつもりはないんじゃが……」
「あ、その顔かわいい」
「会話になっとらんのう……」
運ばれてきたコーヒーに口をつけ、イナリはほうと息を吐く。正直コーヒーの味の良し悪しなど分からないが、とてもスッキリした味だ。サービスでついてきたクッキーも齧ってみると、サクッと口の中で溶けていく。洋菓子というのも悪くはない。そんなことを考えていると、エリがその顔をじっと見ていることに気付く。
「な、なんじゃ?」
「いえ。結構苦いのにいけるんだなーと思いまして」
「む? まあ、こういうもんなんじゃろ?」
「それはそうですけど。お砂糖とかミルクもあるので」
「まあ儂、濃茶も好きじゃしのう」
この鍋谷珈琲店、レトロな雰囲気の喫茶店を目指しているらしく居心地の良い雰囲気だが……ちょっとした路地裏にあるせいか今の時間はイナリとエリ以外の客もいない。マスターも何処となく暇そうにしているのが見えるが、それすら楽しんでいるように見えるのは中々にイナリとしては好印象である。
「あ、そういえばさっきのイナリさんの話に戻るんですけど」
「む?」
「今回の海の事件、本当に解決してよかったですよね。水運がダメージを受けると物流が滞っちゃいますし。なんだかんだ、平和が一番ですよ」
言われて、イナリはちょっと驚いたような表情を浮かべる。
「……話、聞いとったんじゃのう」
「メイドですから!」
「うむ、今のは素直に感心したのじゃ」
「じゃあご褒美に狙い撃ちしてほしいです!」
「ええ……?」
何故、とは思いつつもそうもったいぶるものでもないかとイナリは先程のエリを真似して指で銃のような形を作ってエリに向ける。
「お主のはあとを狙い撃ちなのじゃ……ばーん」
ちゃんとウインクもすると、エリはバッと胸元を抑えよろめきながら机に突っ伏す。小刻みに痙攣するその姿にイナリは思わず心配になって立ち上がろうとして。
「すごっ……破壊力すごい。え、これすごい。ときめきで死んじゃう……」
「よう分からんが幸せそうでよかったのじゃ」
なんか全然平気そうだったので、そのまま座り直してコーヒーを更に一口飲む。
神の如き存在、そしてその使徒が起こした事件は解決した。
その目的は結局分からないままだったが……まあ、どのみちロクでもないことだろうとイナリは思う。しかし……前回といい今回といい、どうにもシステムは神の如きものの味方ではないように思える。それが分かっただけでも、世界の謎を1つ解いたとは言えるのだろう。
けれど、今はこの平穏を楽しむべきなのだろうとイナリは思う。
このコーヒーのように先を見通せず、しかし暖かく幸せな……そんな、平穏を。
これにて第2章、完!
次回から第3章です!
ブックマークや評価は今後の執筆の励みになります。
まだ入れていないという方も、今回のお話を機にぜひ入れていただけましたら、とても嬉しいです。☆☆☆☆☆をポチっと押すことで★★★★★になり評価されます!