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常世市の生活 【side小田桂子】

 普通ではない常世市だけれど、市外から引っ越してきた人が暮らすのに困ることはないはず。多くの人の生活様式は市外の人たちと変わらないから。


 常若町の人だって、外部と関わりをもつ人たちはそうそう驚くような生活はしていない。常若町でそうなのに、常若町と外部との緩衝材的位置づけの常世市で、市外の人がついていけないような日常生活が繰り広げられているはずもない。


 深夜バスの時間帯になるとバス乗り場が増えていたり、黄昏時になるとそれまで空き地だった場所にお店があって営業してたり、ちょっとぼんやりしていると尻尾やら角やら牙やらを持った人が行き来してたりはするけれど。


 この前は危なかったな……


 幼馴染の()(れい)ちゃんと一緒に、お気に入りの古本屋さんに行ったら、隠し切れない深淵の気配が奥の棚の方からした。美礼ちゃんがうっかり惹かれてそちらに行きそうになったのには、肝が冷えた。


 こっそり店主に何を仕入れたのか聞いてみたら、仕入れたわけではなく預かっているもので、とある写本だと教えてくれた。二、三日でなくなるからと言われたとおり、翌週の日曜日にお店に行くと気配はなくなっていた。


 常若町の知り合いから預かっていたのだそうだ。

常若町より、クトゥルーな感じがしたけれど。そう言うと、本の分類はクトゥルー系列だな、と店主が苦笑した。


 ……やっぱり。


 クトゥルー関連のモノには二度ほど出会ったことがある。どれも不完全な写本、というか、数枚の紙片だった。それであれなんだから、本物はどれ程か……


 だから、千葉には極力近寄りたくない。夜刀浦市にほんの少しも関わりたくないから。夜刀浦市もまた、認知されない場所だ。


 そして、クトゥルーに縁のある場所。


 いろいろ血なまぐさい噂を耳にしている。それはそうだろう、クトゥルーだし。あそでの生活こそどうなっているのか。小説になっている内容、どこまで本当だろう……


 夜刀浦市と比べると常若町は非常に平和だ。それでも常世市に輪をかけて変わっているけれど。



 あれらは異界だから。



 常世市が外部に認識されにくいのに対し、常若町も夜刀浦市も架空の存在とされている。ちゃんと認識出来ているのは、常世市のような境界線上の場所に住んでいる人間と、異界に関わりやすい人達くらいなのだとか。


 公共設備が整っていて、電話も繋がり、郵便も届くらしいのに、まったく認知されていないなんて。どんな力が働いているのか、私などには知りようもない。


 師匠は知ってそう。と、言うか常若町の人たちにとっては常識とされていそう。そのうち師匠から教えてもらえるかな?


 相性が良いと以前お世話になった魔女さんに言われたし、いずれ常若町とは深く関わるようになる予感がする。そうなる前に、体質を改善しないと。でないと、常若町から出られなくなった以上に大変なことになりそう。異界に足を踏み入れて行方不明なんてよくある話だもの。異界とはそういう場所だ。常世市ではまずそんなことはない。


 絶対ない、とは言えないのが、存在を都市伝説扱いされてしまう常世市たるゆえんかな。


 だって、青猫の扉でなら、あり得てしまう。


 青猫の扉と言うのは、駅前商店街の特殊な扉が集まっている裏通りのこと。駅を挟んで南と北にそれぞれ商店街があり、どちらも青猫の扉を有している。


 扉の向こうのお店は、どこかに存在するお店に繋がっている。扉を借りられるのは市内と常若町のお店限定と言われているが、そうでない可能性は否めない。


 一店舗につき扉一つが原則。


 扉を開けるたびに、マヨイガの四面四季はきっとこんな感じなんだろうなと思う。美礼ちゃんは、ハウルみたいだって言ってた。


 多くの人は、未来の世界の猫型ロボットが所有する便利道具を想像するみたい。通りの名前も青猫の扉だし。


 あの魔女さんはお仕事用に扉を持ってないのかな? 持ってなくても青猫の扉の協力者ではありそう。


 青猫の扉は常若町の方々の協力なくしては成り立たない場所だ。そして、常若町の方々の遊び心と思いつきとチャレンジ精神を詰め込んだ場所でもあり、日々、バージョンアップされている。


 聞いた話だけれど、出来た当初は、今みたいに通りの外観が変わったり、扉の位置が変わったりなんて事はなかったそうだ。いつの間にかそんな機能が追加されていたとか。一応、事前にそれとなく変更内容のお知らせはされていたそうだけれど、本当にそれとなくで、変更されてから、あれはこういうことだったかと気づかされたのだとか。


 青猫の扉は防犯システムも備えている。この防犯システムが異界的行方不明を引き起こしかねない代物(しろもの)だ。


 常世市には、ヨクナイ思想の持ち主はなかなか入り込めないのだけれど、まれに紛れ込むことがある。そうした場合、かなりの確立で青猫の扉の通りに惹かれて足を踏み込み、--迷う。


 青猫の扉の通りで魂が抜けたようになって座り込んでいる人がいたら、この防犯システムにかかったのだと思っていいらしい。それで済んでいれば優しいほうだ、とは誰の言葉だったか。


 迷い込んだ人は、青猫の扉の通りでどんな経験をしたんだろう。迷うだけならまだしも、うかつに扉を開いてしまったとしたら。


 防犯システムが発動している時の扉の向こうが、普通の場所であるとは思えない。異界に触れなれていない外の人など、常世市の通常の闇でさえ堪えるだろうに。


 防犯システムが発動している時は、常世市の人でも青猫の扉の通りに近寄りたくない気持ちになるそうだ。踏み入ってしまったとしても巻き込まれることはないらしいのだけれど、システム発動中はどうしてもその気配が抑えきれないらしく、そのせいだろうと聞いた。


 もし、その時に居合わせたら、私も絶対に近寄らない。


 深淵のさらに奥へと強制的に引き込もうとする気配を、空気一枚隔てた隣からずっと感じていなければいけないなんて、絶対に耐えられないから。


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