常世市の見解 【side小田桂子】
常世市は変わっている。
全国的に見て……、ううん、世界的に見ても少数派に属する地域だ。
市外では常世市の存在が都市伝説扱いされている時点で普通ではない。常世市は実在している。ただちょっと、多くの人には存在を認識しづらいだけ。市外からの電話も通じるし、郵便や宅配便だってちゃんと届く。市販の地図にも載っているし、衛星写真にだって写る。旅行者も来るし、仕事で訪れる人もいる。
けれど、多くの人の記憶に残りにくい。
そういう地域は世界中にあり、常世市はその一つというだけ。その「だけ」が外の大多数の人には理解しがたいのだけれど。認識されないのだから、仕方の無いことだ。
そんな場所なので、都市伝説として伝えられているものの中に常世市の事実に基づいたものが少なくない。
なんらかの衝撃で体から影が離れる、影と長時間はなれたままだと命に関わる、影が離れやすい体質の人間は常若町にまじないの依頼をする。
これらは事実だ。
実際に常世市に住んでいる人から聞いた話が広まっているのだろう。もしくは常世市民がSNSにあげた話から広まったのかも知れない。
そんな影のことに関して、常世市民にもあまり知られていないことがある。影とはコミュニケーション可能なのだ。
影は口が利けない。テレパシーみたいなことになるのかな。耳で聞く音ではなく、脳? 精神? で聞いている感じ。最初はなかなか聞き取れないけど、交流を深めていけばなんの不都合もなく会話が出来るようになる。
影とのコミュニケーションが上手になるといい事がたくさんある。影は自身のコミュニティーを持っていて、本体の知らない情報を教えてくれる。
うんと仲良くなれれば、少しの間なら入れ替わってもくれる。
私は一度だけ入れ替わってもらったことがある。
熱を出して寝込んでいた時のことだ。寝込んで三日目、影は、うなされる私を心配して一日入れ替わりを提案してくれた。しんどいからやめておきなよと言ったけれど、影は聞かなかった。
私の影は優しい影だ。
意図せず本体と影が離れてしまうのは命を脅かすほど危険なことだけれど、目的を持って離れた場合、結構長時間離れていられる。完全に離れたわけでなく、糸電話の糸のようなものでお互いが繋がっているからだと影が教えてくれた。
入れ替わる時に影は、どうせなら影の目線で常世市を見てくおいで、と、影の時の動き方を教えてくれた。影での移動は、泳ぐような感じだった。明るい場所へも、暗い場所へも、自由自在に移動が出来た。時々、見えない壁に阻まれることもあったけど。体に戻ってから壁のあった場所を確かめに行ったら、神社やお寺が殆どだった。
楽しくあちこち移動していた私だけれど、困ったことが起きてしまった。気づかぬうちに常世市から出てしまい、隣の常若町に入ってしまったのだ。
その拍子に影との繋がりも切れてしまった。
その上、どうした訳か常若町から出られなくなってしまった。
あの時は本当に焦った。誰かに声をかけようにも、私は影で口が聞けなかったし。
常若町には私の師匠にあたる人が住んでいるのだけれど、残念なことに、当時は家を知らなかった。いつもわが家に来てもらうばっかりだったから。
幸い、町外れで遊んでいた子供達が気づいてくれ、大人のいるところまで案内してくれた。さらに幸いなことに、案内してくれたのは常若町で魔女を生業としている人のところで、影になった私の声も聞き取ってくれた。
魔女さんいわく、影との繋がりが切れたのは境界を越えたせいだと。
本来、境界を越えるのは簡単なことではない。それなのにあっさり境界を越えてしまったのは私の体質のせいで、常若町から出られなくなったのは常若町との相性の良さが災いしたらしい。
魔女さんは、まず、私と影の繋がりを戻してくれた。繋がりが戻ると、影からとても慌てた声が届いた。トラブルがあったこと、どこも怪我などしていないこと、詳しくは戻ったら話すと伝えると、影は落ち着いてくれた。
魔女さんは良い人で、本体へ戻る道を示してくれただけでなく、本体に戻った時に効力が発揮される体調回復のまじないまでかけてくれた。お代が気になったけれど、未成年者サービスだと言ってくれた。
私は無事、常若町から、影が待つ我が家へ戻ることが出来た。家に戻り、入れ替わりを解いてから、影に常若町であったことを話した。影はとてもびっくりして、無事戻って来れたことを喜んでくれた。
両親と師匠にもすぐに入れ替わりとその顛末を報告した。当然、叱られた。軽率すぎると。もっともすぎて、ぐうの音も出なかった。
また、改めてお礼に伺いたかったので師匠に魔女さんの特徴を伝えて身元を確認しようとしたら、魔女さんの姿をすっかり思い出せなくなっていた。師匠に、今はその時じゃないんだろうと言われた。残念だったけど、師匠の方がもっと残念そうにしていたのが不思議だった。
魔女さんのおまじないの効果は抜群で、本体に戻るとすぐに熱は下がった。おかげで、直近の猫の集会にも無事参加できた。
猫又さんたちにも常若町へ行った話しをしたら、それは楽しんでくれて、いつもより張り切って踊って見せてくれた。
常若町も素敵だったけど、やっぱり私は常世市が好きだな。