第3話 あやかし心中(下)
静かな夜。
螢十郎の声は、闇夜に吸い込まれるように消えた。
墨之介の血は、草むらへと土へとばら撒かれた。
その血は、明らかに助かるような量ではなかった。
「墨之介ぇ! しっかりしろぉ! 墨之介ぇ!」
螢十郎は女を抱えたまま、再び叫ぶ。
だが、墨之介はピクリとも動かない。
それもそのはず、その大きな刀のようなもの。
それは、墨之介の左肩口から入って、右の脇へと抜けていったのだ。
墨之介は咄嗟に苦無で受けたが、左の肩は完全に寸断されていた。
苦無で受けなければ、袈裟懸けで完全に真っ二つになっていたであろう。
だが、受けたところで、それが致命傷であることには変わらない。
「クソっ⁉︎ オマエ、何なんだ⁉︎」
螢十郎は戯由を睨みつける。
だが、言葉とは裏腹に動揺していた。
そこにいたのは、明らかにただの人間ではない。
右腕だけやたらと長い。
その伸びた腕から、だらりと野太刀のような刃が伸びている。
相当な速さだったのだろう。右の袖だけ、着物が裂けていた。
戯由の右腕は人間のそれではなく、明らかにあやかしのものだった。
「オマエ、あやかしだったのか」
「コイツ、前に見たことあるな。はて、どこだっただろうか? ……何にしてもなかなかの手練れだ。俺の鎌に反応しやがったぞ? 今まで何人も殺してきたが、こんなのは初めてだ」
戯由はそう言って、ニヤリと笑った。
だが、その笑みはもはや人間のものではない。
顔は人間のままでも、それは冷徹な捕食者の顔だった。
「起きろ! 墨之介! 寝てんじゃねぇ!」
螢十郎は叫ぶが、墨之介は動かない。
螢十郎は戯由から距離を取るように、女を抱いて後退りする。
だが、戯由はゆっくりと歩いて間合いを詰めてくる。
「いや、無理だろう。もう疾うに死んでるよ。次はオマエだ。オマエは見たことねぇな? まったくテメェら、俺の食事を邪魔しやがって」
「くぅ……っ⁉︎」
たじろぐ螢十郎。
(どうするっ⁉︎ 女を抱えてちゃ、逃げることも出来ねぇ。かと言ってこの状態じゃ、お炎も使えねぇ。クソ、手詰まりだ!)
だが、その時。
螢十郎は、戯由の後ろで何かが動く気配を察知した。
戯由は反応が遅れ、それを背中に取り付かせてしまう。
「ぐああ! な、なんだ⁉︎ なぜまだ生きているっ⁉︎」
それは墨之介だった。
戯由を羽交締めにするように背中から組み付いている。
右腕で苦無を持ち、それを戯由の胸に突き立てた。
だが墨之介の肩は、ざっくりと切れ目が分かるほどに寸断されていた。
もはや左側は機能していないのだろう。
その証拠に、左腕はだらりとぶら下がっているだけだった。
「墨之介! 生きていたのか!」
「斬田! 逃げろ! 今は此奴には勝てぬ!」
「逃げろったって! オマエはどうすんだ!」
「うるさい! いいから私の言う通りにするんだ! ここから逃れられたら、私の家に行け! 場所は分かるな⁉︎ セツ様にすべてを説明しろ! 良いか⁉︎ 必ず家に行くんだ!」
「クソ! 分かった! でもそれは、オマエを助けてからだ!」
螢十郎は女をその場に寝かせ、戯由に組み付いた墨之介の元へ向かおうとした。
「斬田! 貴様は、どうしてこうも私の言うことを聞かんのだ! ……くそ! もう手段は選んでられぬ! 小夜! 小夜ぉ! アイツを連れて行け!」
「くっ⁉︎ この死に損ないが!」
戯由は墨之介をねじ伏せる。
頭を掴み、人とは思えぬ力で、地面に叩きつける。
「墨之介! ……なっ⁉︎」
螢十郎が走り出したその瞬間。
目の前に、禿のようなおかっぱ頭の少女が現れた。
少女が螢十郎に触れると、螢十郎の身体は光に包まれ始める。
そして、先ほど螢十郎が放り出した女の身体も輝き始めた。
「な、なんだっ、なんだこれはっ⁉︎ ……オイ、墨之介! これは一体⁉︎」
「小夜……。あとは頼んだ……、ぞ」
力なく事切れる墨之介。
螢十郎は手を伸ばそうとするが、もはや自身の身体の自由も効かない。
「墨之介! くっ⁉︎ オマエ、何なんだ⁉︎ ……ぐあっ⁉︎」
螢十郎と女は、光に飲まれて消えてしまう。
そして、少女の姿も消えた。
「くあっ⁉︎ な、何だったんだ、今の光は……?」
そこには、戯由だけが残されていた。
そして、その隣には墨之介の遺体が横たわっていた。
*
螢十郎は気がつくと、見覚えのある場所にいた。
「茶屋……、か?」
そこはおせんがいる茶屋の前であった。
だが、今は夜。店は閉まっていて誰もいない。
そして、目の前には先ほどの少女が立っていた。
「オイ、何だ? オマエは何なんだ? 墨之介の知り合いか? ……なあ、オイ、すぐ俺を戻してくれ。できるんだろ? あのままじゃ、墨之介は死んじまう」
だが、螢十郎の言葉は少女に届いていないのだろうか。
少女は、そのまま掻き消えるようにいなくなってしまった。
「なっ⁉︎ ……クソ、どうなってんだ⁉︎ とにかく……。とりあえず、コイツをどうにかしないとな……」
螢十郎は女を抱き上げ、歩いていった。
そこから少し行ったところに、墨之介が住んでいる長屋はあった。
「……ここだよな? でも、どの部屋かは……」
螢十郎は部屋までは知らなかった。
建物の前で逡巡していると、急に背後からしわがれた声が聞こえた。
「お待ちしておりました。斬田螢十郎様ですね?」
「ひっ⁉︎ ……な、何? 誰だアンタ。って、何で俺の名を知っている?」
思わず螢十郎は身体を硬直させる。
それは、セツの下男の音次であった。
「それについては後ほど。こちらへ。セツ様もお待ちになっております」
「セツ……? 墨之介が言っていた……?」
螢十郎は訝しげな顔をしながらも、音次についていった。
墨之介の部屋へ入ると、そこにはあぐらをかいて座っている幼女がいた。
3枚の布団を畳んで、堆く積み上げその上に座っているのだ。
「おぬしが螢十郎じゃな」
「……? なんだこの小ちゃいのは? セツ様というのはどこにいる? 今は子供と遊んでいる暇なぞない。さっさとセツ様というのに会わせろ」
「ワシがそのセツじゃ。まったくおぬしは失礼なやつじゃのう。……まぁ、ワシは知っておったがな?」
「はいはい。そういうのいいから」
螢十郎はうんざりとした表情で、音次に催促する。
「なぁ、爺さん。俺は急いでんだ。墨之介が危ないんだよ!」
「ですから、その目の前のお方がセツ様にございます」
「……」
無言でセツを見つめる螢十郎。
「……とまぁ、座興はこの辺にしとこうか。本題に入ろうかのう、螢十郎よ」
「待て。いい加減に……」
螢十郎が何かを言いかけた時、不意に身体が動かなくなった。
それは、何か物理的に拘束されたとかではない。
目の前の少女の雰囲気が変わったからだ。
その言いようのない根源的な何か。
それはおそらく恐怖に近い。
「時間がないのであろう?」
「アンタ、何者なんだ……?」
「ただの半端者じゃ。おぬしのことも見ておった。墨の字の目を通してな」
だが、螢十郎にはそんな単純なものとは思えなかった。
その時の彼女の目に、爬虫類のような縦に伸びた黒目が見えた。
おそらくは蛇か何か、そういった類のものなのだろう。
螢十郎は、生きた心地がしなかった。
「話を戻すぞ、螢十郎よ。墨の字のことだがな、心配はいらん。彼奴、早々には死ねん身体でな」
「死ねんとは?」
「半妖とは聞いておるだろ? 身体の半分を、あちら側に持って行かれておるのよ。まぁとにかく、人には致命傷でも彼奴が死ぬとは限らぬ」
「だがよ、あー、セツ様よ。死なねえとは言っても肩口から寸断されているんだぜ? 血だってドバッと……」
「あー、そのくらいなら平気じゃろう。放っておけばその内に復活するわ」
「でも、相手は人を食うあやかしだぜ? 腹に入っても復活できるのかい?」
「それは厳しいが、でろでろになって復活するやもしれぬな。いや、そもそも消化されたら復活できんのでは……?」
「やっぱ駄目じゃねぇか。なんでそんな悠長なんだ。すぐ助けに行かねぇと!」
「よし分かった。では螢十郎よ、今すぐ助けて参れ」
「なんで、そんな他人事なんだ。アンタ、強いんだろ? ついてきてくれよ。そっちの爺さんは……、戦えるのか?」
「なんじゃ随分弱腰じゃな。残念だがワシは行けぬ。たしかに力は強い。だが、強すぎるのじゃ。そのせいでワシは今やここに括られておると言ってもよい。難儀じゃが、ワシにもどうにもならん。この力も精々覗き見る程度じゃ」
「じゃあ爺さんは……」
「私はセツ様のお世話があります故……」
「……」
螢十郎の冷ややかな視線がセツを刺す。
「いいさ、オマエらには頼らねぇ。そこの女を介抱してやってくれ。俺は戻って墨之介を助ける。で、あの嬢ちゃんはどこだ? アイツで戻れるんだろ?」
「嬢ちゃん? お小夜のことかえ? 禿じゃったろ?」
「ああ、そうだ」
「それは無理じゃな。あれは、墨之介の言うことしか聞かん。それもたまにな。だから、おぬしは自分の足で向かうしかないぞ」
「それじゃ、間に合ねぇだろうが!」
「まぁまぁ分かった分かった。ではこれをお主に渡しておこう。これがあれば、墨之介もどんな姿であろうとも復活し、本来の力を発揮できるはずじゃ」
「これ? これってどれのことだ?」
「ああ、しばし待っておれ。……んぐぅ、ぐはぁ……、あがっ、あ、んがぁ……、あん」
何かうめき出したセツ。
両手を上下させて、何か苦しそうに口から妙な音を発し始める。
そして、セツは上を見ながら、嘔吐しそうな声をあげ始める。
「え? ちょ、何? オ、オイ、大丈夫か……?」
「ぐぼぁ!」
その瞬間、セツの口の中から一振りの剣が迫り上がってきた。
そしてセツはそれを口の中から引っこ抜き、螢十郎へと渡した。
その剣は刀のような片刃ではなく、両刃の直剣であった。
「オマエ、これ、胃液でデロデロじゃねぇか! というか、そのちっこい身体のどこにこんなものが入ってたんだよ! おかしいだろ!」
「しょうがあるまい、デロデロにするために口の中に入れておったのだからな。見てみるがよい。ワシの強力な妖気が満ち満ちておるだろう。そして、その剣は墨之介の骨でできておる。この剣を糧とすれば、たとえ墨之介がデロデロになっておっても復活できるであろう」
「そ、そうか……。分かった。まぁそれはいいとして、何か拭くものはあるか? こんな胃液臭ぇの持ってられねぇよ」
*
結局、螢十郎は急いで向かうも、着いた頃には誰もいなかった。
血の跡からも、墨之介が食われたのは明白だった。
そして、螢十郎が戯由を見つけたのは次の日の昼だった。
(くそっ⁉︎ もう消化されてんじゃないのか⁉︎ これ、ちゃんと復活できるんだろうな?)
機会を窺っていたところ、戯由はすぐに人気のない場所へと歩いていった。
だが、それは螢十郎に気付いていたからだ。
「誰だ? ああ、昨日のやつか。逃げたくせに、よく戻ってきたな? その背中の……。馬鹿みてぇにデカい妖気垂れ流して、隠れてるなんて言うんじゃないだろうな? まさか、その妖気が俺を倒せる算段ってことか?」
「そうさ。これでテメェぶっ殺してやる」
そう言って螢十郎は背中の包みから、両刃の直剣を取り出す。
そして、いきなりそれを戯由の腹目掛けでぶん投げた。
「なっ⁉︎」
戯由は咄嗟のことで反応できなかった。
全く剣の間合いではなかったのだ。
まさかその剣を投げつけるとは思っていない。
しかしそれは戯由にとって、致命傷とはならなかった。
腹に刺さった剣を引き抜いた。
だが、その手は焼け付くように爛れてしまう。戯由は思わず手を離した。
「ぐぁ⁉︎ 何だこれは⁉︎ 妖気が濃過ぎる!」
戯由の腹は焼け爛れ、流す血も黒く変色してしまう。
そして、片膝をついた。
「なるほどな。だが、こんなもの、大した傷ではないわ」
戯由の姿は見る間にかわっていく。
両腕には、野太刀のような巨大な鎌をぶら下げている。
足も大地をがっちりと噛むように肥大する。
その姿は、人間の2倍はあろうほどの蟷螂であった。
螢十郎は刀を抜いた。
「それが、オマエさんの本当の姿ってわけか。そんな大層なもんぶら下げてんのに、なんで薬なんざ使う? その鎌でひと撫でだろうに」
「別に、食うには困ってないさ。大事なのは味よ。人も動物も何であろうと、死ぬ前にもがくと味が落ちるのよ。だから、薬でいい気持ちにさせてやってんのさ。俺の仏心でもあるんだぜ? 極楽を夢見ながらあの世へ行けるんだからな。それに、食えば俺も気持ちが良くなるしな。お得だろ?」
「テメェは本当に下衆野郎だな」
「それで、貴様は『はつ』も殺そうとしたのだな。蜂のあやかしと知らずに」
「なっ⁉︎」
螢十郎は絶句した。
当たり前のように、墨之介が剣を担いで立っていた。
二人が会話している間に、剣を媒介にして墨之介は復活していたのだ。
「ああ⁉︎ オマエ、なんで生きてる⁉︎ 昨日食ったろ⁉︎」
その驚きは戯由も同様だった。
墨之介は畳み掛けるように、疑問を投げかける。
「答えろ。蜂のあやかしを殺したのは貴様だな」
「さぁな。薬の効きが悪いんで、しこたま飲ませてやっただけだ。そしたらアイツ、あやかしだった。胸を刺されて、こっちは死にかけたんだ。いい迷惑だぜ。今度からは、あやかしかどうかは確認しておいた方がいいかもな」
「なるほどのう。はつを殺したのも貴様で、最近女どもを殺し回ってるのも貴様か。遺体の一部も、大方貴様が食ったのであろう。それに、一時期いた辻斬りも貴様か」
「さぁな。どうだっていいだろう?」
不敵な笑みを浮かべる蟷螂。
だが、螢十郎は納得がいかなかった。
「なぁ、オイ。墨之介よ」
「なんだ、斬田よ。よくやったな。私の言う通り、セツ様に話したようだな。おかげで助かったぞ」
「いや、そうでなくてだな。オマエ、その……」
「ああ、生き返ったことか? 私は半妖だ。……と言っても、半身はあちらにあってな。そして実はもう半身は、この剣なのだ。この剣こそが私の身体なのだよ。今こうして身体に見えるものは、私の意志を介在した鏡像に過ぎんのだ」
「そうじゃねぇ! オマエ、今、全裸なんだって!」
「あ、ああ。そうだったな。忘れておった。斬田、何か着るものはないか?」
「あるわけねぇだろうが。ほれ、剣を包んでた布でも巻いておけ」
「おお、助かる。さすがに少々寒いのでな」
「そういう問題か……?」
戯由であった蟷螂は、二人のやり取りをじっと見ていた。
「なんだかよく分からんが、その剣を破壊すれば、オマエも死ぬってことか?」
*
「いくぞ、斬田。足を引っ張るなよ?」
「おうよ、墨之介。それは俺の台詞だがな」
墨之介と螢十郎は得物を構える。
螢十郎は刀を横に構えた。
「今日の俺は本気でいくぜ。……お炎、力を貸せ! 今こそ、解放する! 啜り泣きお炎・怨霊渦流!」
螢十郎の刀に怨霊が集まっていく。
それは、今まで戯由に殺された者たちであった。
それらが刀を媒介にして、莫大な妖気の塊となった。
その妖気は刀に纏わり付き、怨嗟の声を上げる。
そして、取り殺さんと渦巻いていた。
「では、私も」
墨之介も剣を構える。
「これなるは神剣『神断ノ宝剣』なり。一切を滅却し、斬り捨てる神断ちの一振りなり。そして、龍が臓腑で鍛えし、魔剣となった。神を屠り、魔をも滅す。この一振りは、天地神明の数多を滅すであろう。『神断・神妙業魔剣』なりや!」
すると、墨之介の剣が輝く。
だが、その口上を聞いた螢十郎は、あんぐりと口を開けた。
「オイ、待て。なんだその剣は。『龍が臓腑』って、あの嬢ちゃんのことか? まさか、あの嬢ちゃん、龍神じゃ……」
「そんなことはあとだ。まずはアイツを倒すぞ」
「……お、おう?」
だが、戯由の身体はどんどん膨れ上がる。
人の2倍程度であったものが、さらに大きくなり、今や櫓ほどの大きさとなる。
強靭な足も4本あり、その見た目はもはや巨大な蟷螂でしかなかった。
さらに、その両手の鎌は巨大な大黒柱ほどもあった。
その一振りだけで数十人もの侍を殺せてしまうであろう。
形状も、鎌というより折りたたみ可能な野太刀。
おそらくは捕食するためではなく、殺すために特化したのだろう。
「刀が、剣が、何だって? そんな小枝で、俺をどうこうできるっていうのか? 俺はもう何十人と食ったあやかしだ。おかげで随分と大きくなっちまった。もうめんどくせぇ。何もかもめんどくせぇ。オマエら殺した後は、町の奴ら全員殺して食ってやろうか」
蟷螂が鎌を横薙ぎに振った。
二人はそれを得物で受け止めた。
だが、意図も容易く吹き飛ばされた。
「ふははは! どんな莫大な妖気があろうと、その小さな身体では、受け止められまい」
なんとか着地する二人。
「クソ! あんなデカいんじゃ、まともに間合いにも入れねぇぞ? しかも、思いのほか足も速い。アイツ、あの図体で、回り込みやがった」
「たしかにあの鎌は早過ぎる。ただ飛び込んでも、また餌食になるだけだな」
「オイ、墨之介。あの鎌、一瞬でも止められるか?」
「二本ともか?」
「決まってんだろ? 二本ともだ」
「何をするつもりかは知らぬが、それでなんとかなるんだろうな?」
「なるさ。いや、する。俺に任せろ」
「不安しか無いが……。まぁいい。やってみろ。どの道、我らはジリ貧だ」
二人はカマキリに向かって駆け出した。
だが、剣の間合いに入る前に、鎌が横薙ぎに襲い掛かる。
「斬田任せたぞ! 下から行け!」
墨之介は、剣を地面に思い切り刺す。そして、剣の横腹に肩を当て、盾を構えるようにしゃがみ込む。だが、横からくる鎌を受け止めても、勢いは全く衰えない。
「何をするかと思えば! そんなもので受け止められるものか!」
しかし、蟷螂の予想外のことが起きる。
鎌が斜め上空へと滑るように、弾かれたのだ。
そのせいで体勢が崩れ、逆の腕による二撃目もできなくなった。
蟷螂は体勢を崩しながらも、その一瞬を見る。
墨之介は丁度の頃合いで、剣を地面ごと斜め上に切り上げてたのだ。
つまり、大黒柱もの巨大な大鎌を、墨之介は受け流したのだ。
「今だ! 斬田!」
「おうよ!」
螢十郎は、蟷螂の足元に転がるように接近、4本の足に切り込みを入れる。
すると、螢十郎の刀から怨霊が噴き出し、蟷螂の足に纏わりついた。
それらは怨嗟の声を上げながら、ギリギリと締め付けていく。
「まだまだぁ!」
螢十郎は、体勢を崩した蟷螂の腹も切り付けた。
そこから怨霊が侵入し、腹の中でうねるように暴れて爆散した。
「おお! やったか⁉︎」
だが、蟷螂はそれでも立ち上がる。
傷は深いが、両手の大鎌は未だ健在だった。
「オ、オイ……。あれでも死なねぇのかい……。ど、どうすんだ、これ……?」
「どうするって、貴様の策は終わりか?」
「怨霊も出し尽くしちまったよ」
「私の剣なら殺せるやもしれぬが、近付かなくてはならん。……斬田、今度は貴様があれを受けてみよ」
「阿呆か! 無理に決まってんだろうが!」
その時、蟷螂が急に苦しみ出した。
「なっ⁉︎ がっ⁉︎ き……っ⁉︎ ぐっ、苦しい……っ⁉︎」
次の瞬間、蟷螂の胸が爆ぜ、中身が飛び出した。
そして、その穴から、いくつもの小さな白いものが這い出てきた。
それは何かの幼虫であった。
櫓ほどの蟷螂の身体が、いくつもの小さな幼虫に食い荒らされていく。
「がっ⁉︎ 止めろ! がああ⁉︎ コイツら! あああああああ!」
苦しみ悶える蟷螂。
だが、蟷螂の大鎌では、這い回る幼虫をどうにもできない。
蟷螂は立っていられなくなり、首を垂れるように跪いた。
「あれも、貴様の刀の力なのか……? なかなかに悍ましい……」
「え⁉︎ いやいや。違うって。そんなわけねぇだろ。あんな虫がどっから出てくんだよ。俺の刀を何だと思ってんだ!」
「そうか。なら、仕留めさせてもらうか。……それ」
墨之介は、見えないほどの速度で剣を横に薙いだ。
「くそ……、が……」
蟷螂の首が、どさっと地面に落ちた。
「しかし、これ何なんだ? 何の幼虫だ?」
「これも何かのあやかしであろうな……」
結局、二人は蟷螂が幼虫たちに食い荒らされるのを見ているしかなかった。
*
結局、幼虫は殺された『はつ』の子供であった。
はつは寄生蜂であり、死の間際に戯由の胸に麻酔液を打ち込んだ。
そして、そこに卵を産みつけたのが、数日経って孵った。
本来はもう少し時間が必要だったが、螢十郎の怨霊によって早まったようだ。
綺麗に蟷螂の遺体を食べてしまった幼虫たちは、二人の手で親元へ帰された。
そして、蟷螂の首だけは西裏へと渡され、はつの無実を証明する証となった。
その帰り道。
「結局、俺の仕事も無事完了。復讐の手伝いはしないんじゃなかったっけ?」
「あれはしょうがないだろう? やらなければ、こちらがやられていた」
「だが、やつの苦しむ様は少し胸がスッとしたな。腑を食われるなぞ、やつに相応しい死に様よ」
「よく言うわ。幼虫を見て腰が引けておったではないか」
「それは言うなって。……あ、そうそう、俺さ。良いこと思いついたんだけど、聞いてくれるか?」
「いや、聞く必要はないな」
「……なぁ俺たち、これからは一緒にやらねぇか?」
「だから、聞かんと言うておろうに。相変わらず人の話を聞かんやつだ。私は殺しの手伝いなぞせんからな?」
「まぁまぁ墨よ。墨さんよ。よろしく頼むぜ。ああ、俺のことは螢でいいぜ?」
「馴れ馴れしいわ。私はとにかく帰って休みたい。ほれ帰るぞ、螢十郎」