02 ジュリア
サーラと一緒に黒猫を連れて、途中厨房によってポットをもらい部屋にもどってきた。
猫をベッドにおいて彼女のほうを向くと悲しそうな顔でこちらをみている。
「そんな顔をしないでサーラ。私が好きでしてるのだから気にしないでいいのよ」
「でも…こんな扱いしていていいわけないです。私達は旦那様に申し訳ありません…」
実の母は私が生まれてすぐ亡くなり、私に母がいると思い父は1年後には後妻を迎えた。それがマリンナ。そしてその1年後には妹が産まれた。
父は長期の戦にいくまでは、普通の母親だった。一緒にご飯を食べ笑いあいあう。父が居なくなってから私の扱いは一気に酷くなった。
初め使用人達も庇ってくれていた。
ある日庇った使用人達は義母にきつく当られてるのを見てしまう。私はその後使用人達に謝ったけど、みんな笑顔で許してくれた。その時の顔を忘れられない。
父が不在のバリアント家は今は継母が主となっているが、私もバリアント家の一員。
なにもできない自分自身が不甲斐なくて情けない。だから私は使用人の前では笑顔でいようと決めた。
私さえ我慢すれば使用人はひどいことされなくて済むんだから。
「ほら私といるとこ見つかったら何言われるかわかんないわよ。ほらほら行った。私は大丈夫だから」
ねっ。ってサーラに笑顔を見せると、しぶしぶ部屋を出ていく。
しばらく閉まった扉を眺めていた。
「そんなに寂しそうな顔するなら一緒にいたらよかろう?」
さっきの男の声がするベッドの方を見ても、黒猫しかいない。
気のせいなのか。立ち上がって魔法で温めたポットから紅茶をいれて椅子にすわると、猫が机の上に乗ってきた。
「こらこら、何もなかったことにするな」
今猫が喋った気がする?
猫に手を伸ばして顎の下を撫でると、気持ちよさそうに喉を鳴らす。
やっぱり普通の猫だよね。
「こらこら我を弄ぶではない」
…ん?やっぱり猫が喋ったよね。
思わず立ち上がり驚いた。
「猫が喋ったぁぁぁ!!」
「猫ではない。我は魔王ルーカス・モーガンである」
さっきの男と同じように自称魔王と語る黒猫。
「お前の驚いた顔はよいものだな」
不敵な笑みをする猫。
なんかイラッとするなぁ。
目をつぶり一息して、スカートを直し座る。
「で、その自称魔王様がなんの用なんですか?」
次は猫が驚いた顔をすると笑いだした。
「ははは、立ち直りが早い女だな。それに度胸もある。魔王を捕まえて自称魔王とはな。気に入った。ところでお前の願いはなんだ?」
「それはありがとうございます。褒め言葉として受け取っとくわ。で、さっきから願いを叶えるって言っているけど、なんなのよ?」
猫はコテっと首を傾ける。
この仕草はヤバい。可愛い過ぎるんですけど。普通の猫ならワシャワシャしたい。
「ん?お前は何も知らずにあの本を開けたのか。呆れたものだ」
容姿がかわいいだけに、めっちゃむかつく。
口元が引きつりながら、口の悪い猫が偉そうに語りだす。
「簡単に言うとな。我は500年前に聖女アルテナにこの本に封じ込められた魔王なのだ。我の封印を完全に解くには、次に本を開いたものの願いを叶えないとならない。そして選ばれたのがお前なのだな。光栄に思え」
聖女アルテナ様の話はこの国では有名な話。傍若無人な魔王を封印してこの国に平和をもたらした。今ではこの国の女神とされて崇められている。
「私が願いを言えば魔王の封印が解かれるのですね?」
確認としてもう一度魔王に聞く。
「そうだ。お前の願いを叶えれば我は自由となれる。だから早く願いを言え」
「お断りします」
「なに?断るとな。何でも叶うのに?バカなのか?」
猫が呆れた顔をしてこっちを見ている。
「バカじゃありません。願いを言えば自称魔王が復活しちゃうんでしょ?嘘かほんとかわかんない危ないものには手を出したくありませんよ」
猫は目を見開いたかと思うと、ボンっと人形に戻り椅子に座り、頭をかいて大きなため息を吐いた。
「お前まだ自称呼ばわりするか。お前の願いを叶えなければ、我は自由になれないしな…。では、こうしよう。しばらくはお前のそばで願いを言うのを待つとしよう。うん我ながら慈悲のある名案だ。」
「慈悲って…1人で決めて何いってるんですか」
「考えてみろ。何も知らずに開けたとしてもお前にも責任があると思わないか?行くところをなくしたのを責めずに気長に待ってやろうと言うのだぞ。それを慈悲深いと言わずになんと言う」
これ責められてるよね。遠回しに私のせいだから面倒をみろ、って言ってるよね。
気のせいじゃないよね。
「い、行くところがないのなら仕方ないですが、その姿では困りますよ」
さすがに男の姿では近くに居られては困る。継母達にバレて面倒なのは嫌だ。
「それは大丈夫だ。我は何でも化けることができる。安心せい」
「一応ききますが、姿は消せないんですか?」
「いや、消せるが我は猫がいい」
「消せるなら消してくださいよ!」
「嫌だ!我は猫がいいのだ!!」
魔王はプイッと横を向いて、少し悲しそうな顔をして小さな声で呟いた。
「見えなかったら本の中と一緒だ…」
ハッとした。
こんなに偉そうにしてるのに本の中で1人ボッチだったんだ。500年なんて私にはそれは想像もつかないけど、とても寂しいと思う。
父が戦にでた翌日に私は今まで通り食堂にいこうとしたら、部屋に継母がやってきた。
「あなたは今日から部屋で食事をしなさい」
そう言われて扉を閉められたとき、途方もなく孤独に感じた。ドアの外で妹と継母の笑い声が遠退いて行くのを、ただ扉を見ながら立っていたのを思い出した。
ふーーっとため息ををつくと、魔王は不安そうにこっちを見た。
「しかたないわね。猫でもいいわ」
「ほんとか!」
魔王は嬉しそうにこちらをみる。
私は人差し指を顔の横に立てて笑顔で言った。
「でも条件があるわ。人前で人の姿にもどらないこと、喋らないこと」
「わかった!お前の条件を飲んでやる」
「あと私にはジュリアって名前があるわ。あなたことはルーカスって呼ぶから、わかった?」
ルーカスは大きく目を広げてからすごく嬉しそうに破顔した。
ドキッとした。
見惚れてしまうほどの綺麗な顔が柔らかな笑顔になり泣きそうになっている。
ボンっと急に黒猫の姿にかわる。
えっ?
「コホン…ではジュリア。よろしく頼むぞ」
これって照れてるよね?
猫がコホンって…後ろで尻尾がすごく左右に揺れてるのが見える。
「あははは、ルーカスかわいい」
久しぶりに声を出して笑った。
「魔王を捕まえてかわいいとはなんだ」
怒ってるのに尻尾はますます揺れてる。
いつぶりだろうか。こんなにも喋ったの。笑ったの。名前を呼ばれたこと。
私も笑いすぎて涙がでるよ。
涙をふきながらルーカスの方を見る。
「うん、よろしくね。ルーカス」
◇◇◇
懐かしい夢をみた。
黄色の花が一面に咲いている野原で我とアルテナは向かいあって座っていた。
アルテナは題名の書かれてない綺麗な本を持っている。
「ルーカス、あなたには500年間この本の中にいてもらうしかないの。私にはこれしか方法がないわ」
アルテナはうつむいて悔しそうに言った。
頭を撫でてやると、上を向いて目があった。
「方法がないならしかたないだろ」
困ったように微笑んだ。
アルテナは姿勢を正して本を膝の上に置いて、真剣な顔で我を見る。
「よく聞いてね。この本が開いたとき、あなたは第一の封印がとかれる」
「第一?」
「そう、本を開いた人の願いを叶えたら、完全に封印が解かれて自由になれる」
「なんだその回りくどいやり方は?」
イタズラっ子みたいに笑うアルテナ。
「ふふ、ナイショ。願いを叶えるまでは、今のあなたの半分くらいしか魔力は使えないから」
「半分もあれば十分じゃないか?」
「でしょ。でも簡単使えるものもあるし、発動条件あるのもある」
「発動条件?やっぱり回りくどい」
少しムッとするアルテナ。
「じゃないと封印にならないでしょ」
「あとおまけにあなたの身が危険なときは関係なく使えるようにしといたから」
「我を滅ぼすに絶好の機会なのにか?」
「私が嫌なだけよ。あなたには生きててほしい」
やさしく微笑むアルテナ。
「ほんとお前は勝手だな」
もう一度頭を撫でてやると、今度は少し嬉しそうに微笑んだ。
お前のコロコロ変わる表情を見れなくなるのは寂しくなるな。
◇◇◇
目を開けると窓の外は暗い。まだ夜か。
籠から頭をあげるとベッドにはジュリアが寝ているのがみえる。
こやつの願いを叶えるまでは完璧に封印が解かれていないと…。
とりあえず気長に行くしかないか。
急ぐこともないしな。
シュと籠の中にいた黒猫は消えて、屋敷の屋根の上にいた。
今のところ変身魔法と瞬間移動は使える。あぁ、片付ける魔法も使えたな。あとはなんだ。
人形に戻ると手をかざして火を出そうと試みる。
なにもでない。無理だな。
アルテナは発動条件があるといっていたが…。
まぁ考えても仕方ない。
500年ぶりの外…。
しばらく満月を見上げていた。