第八話
屋根付きベンチで距離を空けて座る男と女。男の頬には喧嘩傷。そしてお互い雨で酷く濡れている。
轟々と降る雨が彼女達の沈黙を妨害する。お互い明後日と一昨日の方向を見て何から切り出せば良いかと模索している。
しばらくして初めに話しかけたのは左側に座る女子高生青井波旬だ。
「どうしてあんなことしたの」
「……良いだろ別に」
「良くないよ。折角皆んなと仲良く出来てたのに。今までの作戦が台無しじゃん」
青井の顔が感情と共に男に向く。だが男は顔を向けずそのまま淡々と無骨に話した。
「そんなことされてまで知り合いは欲しくねえ」
「でも!」
「でももくそもねえ。そんなお節介で俺が喜ぶと思ったか?」
また訪れる雨音が余白を埋める。
「あーあ、折角アンタの為に頑張ったのに。どうしてオジャンにしたんだか」
「……逆に何でそこまでするんだよ」
「それは……関係ないでしょ?」
波旬は理由を頭に浮かべ照れてしまい、さっと立ち上がり立てかけていた傘を拾った。
「関係あんだよ」
「関係ないよ」
突如掴まれる左手。右手から離れた傘。
そして波旬を強く抱きしめた鬼塚赤也の両腕。
「あんだよ……俺には」
「……え?」
「波旬、好きだ」
突然のタイトホールド。
いやじゃなかった。
しかし心は揺れ惑う。
私は確かに上白石先輩が好きだ。だけど鬼塚……赤也の友人作りを手伝っているうちに私は惹かれていたのだろう。
見ないように、気づかないように。
だけど私は今真実を見せつけられた。
ああそうか、私は。
「赤也……」
雨はしきりに降り続ける。四本柱の建物は彼らの恋を邪魔させぬように傘となっている。
実に酷い天気だ。数秒でも野晒しでいればずぶ濡れになるであろう程の大雨だ。
その中で抑えられなかった恋慕。
それを信じられぬように学生服の男上白石圭介は手に持ったタオルと共にずぶ濡れになって眺めていた。
第八話「抱いた赤鬼 76話『雨の中のタイトホールド』」
ー完ー