4話. 弱者の反逆
「カーラ姉さま!!」
遠くで見ていたジェシカ姫は目に涙を浮かべ、急いでカーラ姫に駆け寄った。
「姫様!!」
僕も急いで姫様に駆け寄る。
「な、なんで初めて会った僕なんかの為に」
僕の問いにカーラ姫は息を切らしながら答えた。
「わ、わたくしは誇り高き王家の人間です。あ、貴方のような方を
見殺しにするわけにはいきませんわ」
「そんなの、僕なんてそんな価値のある人間じゃ…あなたの方がきっとこれから多くの人に必要とされる人間のはずで」
俺の言葉にカーラ姫はわずかに首を振った。
「い、いいえ。そんなことはありませんわ。ほんのつい先程わたくしは本当は諦めていました。あなたが助けに来てくれるまで。あなたのその勇気でわたくしは本当の希望を持てたんですのよ。そして、その強い心は、私以上に、誰かの、心をこれからも助けていくのでしょう」
そういってカーラ姫は俺に笑いかけた。
その言葉は不思議と俺の心に響いた。
初めて本当に誰かに認められた気がしたから。
思わず泣きそうになる。
「…買い被りだよ」
僕の言葉にカーラ姫はゆっくりと首を振る。
「最後に、勇気ある人。あなたの名前を、教えてくださらないかしら」
「ぼくは…奥村 優人っていいます」
「ユウシンさん、そう、ほんとに勇者みたいな名前。ユウシンさん。初対面のあなたにこんな事本当に図々しいと分かってるけど、そこの、私の妹、ジェシカのことを、お願いできないかしら。王家の屋敷に、無事、送り届けてくれるだけでいいの。母親も無くして、一人ぼっちになっちゃう子だから、心配で。優しくしてくださると、嬉しいわ。人生、最後のお願い」
そう言って、彼女は僕の手を握ったするとその手のひらは
キラキラと光り彼女の能力、弱者の反逆が
自分の中に流れ込んでくるのを感じた。
「姉さま!そんなこと、言わないで!お願い!生きて!!」
ジェシカは大粒の涙を浮かべ必死に叫ぶ。
やっぱり、こんなこと間違っている。
本当に短い間だったけど、妹の為に必死で恐怖に打ち勝って、
僕を助けて、最後にかばってくれて。
この人の方が、きっと僕なんかより何倍も気高くて、
人を助けられるのに。
だから、
この人を死なせてはいけないっ。
「…そんなこと言わないで。やっぱり、貴方は死んじゃ駄目だ。僕なんかの為に。前世じゃ碌な努力もしないで、誰の役にも立たないで、お願いだよ。こんな、こんな僕なんかの為に
死なないでくれぇええええ!!」
僕は、心からの、魂の言葉を叫んだ。
そのとき、
それに呼応するように命の灯が煌々ともったのだった
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ルフナはカーラ姫が死にゆく様をじっと見ていた。
魔王軍の12神将として人間を憎み、
人間を滅ぼすためならばどんな卑怯な手でも
使う覚悟だった。
だが、人間相手でも死に際の別れを邪魔するほど無粋ではない。
魔王軍の中ではその考えを若いだの愚かだの揶揄するものもいたが、
それが彼の強者としての流儀だった。
もう一人のイレギュラーであるあの男と
姫様達の関係は知らないが。
だが、カーラ姫が息絶える寸前。
異常は起きた。
緑の炎が爆炎のように破裂したのだ。
「なっ、なんだ!?この炎は」
こんな色の魔法の炎は見たことがない。
想定外の事態に焦りを感じる。
だが、それよりもルフナの関心はすぐに別のところに移ることになった。
爆炎の中から炎に包まれたイレギュラーの男が出てきたのだ。
先刻とはまるで違う雰囲気。混じりけの無い明確な殺気。
初めて背筋に寒気を感じたようにぞっとした。
「許さないぞ。おまえは」
そう静かに、けどはっきり男は呟いた。
そして、近づいてくる。
ハッとした。
先程の相手を誘う演技と違い、本当に自分が後ずさりしていることに気づいたからだ。
「‥‥」
こいつも、何者かは知らないが
確実にここで殺しておかなくてはならないやつの
一人だ。
直感と本能でそう感じた。
だが同時にどこか高揚感を感じる。
魔族として最強にのし上がる為、
強敵と戦うことを楽しみにしていたからだろうか。
こんな複雑な気持ちは初めてだ。
ルフナはニイッと口角を上げて笑い叫ぶ。
「いいねっ!いいよ。お兄さん。面白いよ!その殺気に免じてさぁ、全力で殺してやるっ!」
ドンっとルフナが愛用の杖を地面に叩くと
ルフナは自身の最強の水魔法が展開される。
「“ナーガ カタストロフィ”!!」
水がたちまち12もの巨大な水龍の形を形成した。
それは獰猛な飢えた獣のように敵に襲い掛かるのだ。
「いけっ」
まず小手調べ。
3頭が男に襲い掛かる。
だが、
なんと信じられないことに
男はまっすぐに水龍に向かってに走りだしたのだ。
そして、男から勢いよく放たれた炎は
水龍三頭の頭を一瞬で焼き飛ばした。
「なっ!?」
バカな…僕の水魔法が炎に負けるはずが
そうか!
さっきのカーラ姫の能力の効果がまだ残っていたのか。
チッっと舌打ちをする。
やっかいだな。
ルフナは急いで攻撃方法を変える。
4頭の水龍が口を大きく開いた。
そこから龍がブレスが放つように超高速で水が噴射される。
鉄をも切り裂く水の光線が4方向から男を襲った。
これでどうだ!!
見たところあの男は運動能力は一般人かそれ以下。
これで炎を貫通して、あいつをバラバラにできるはず!
ルフナはそう確信し、ニヤリと口角を上げた。
しかし、男はなんと頭、首、心臓と急所だけを高密度の炎で徹底的に守り、
玉砕覚悟で向かってきたのだ。
なんだって!?
しまった。即死を避けた賭けに出てくるなんて。
なんて胆力だよ。
ルフナは確殺を考え、急所だけを狙った。
その結果が裏目となり水の刃はことごとく防御され、
一発だけ彼の左肩に掠っただけとなってしまったのだった。
男は顔をゆがめたが止まらない。
そのまま一直線に走ってくる。
くそっ、まっ、まずい!!防御を…早く防御を!
だが、ルフナがそう思考を巡らせた時にはもう遅い。
「うおおおおおおおおおおおおおおお」
男は目の前にすごい剣幕で突っ込んできた。
「らあっっ!!」
男の右ストレートが直撃する!
「ぐはっ」
ルフナは殴られた衝撃で吹き飛ぶ。
フォームはぐちゃぐちゃ。腰も入ってない一撃だったのに
不思議と芯に響く一撃。
ルフナはその衝撃で後ろに吹き飛んだ
「ぐっ、くそぉ!」
人間に殴られるなんてなんて屈辱
ルフナは立ち上がり、反撃を試みようと体制を整える。
だが、彼は忘れていた。
そもそも目の前の男には例えパンチの威力が
高かろうが低かろうが全く関係のないことに。
ボオッと発火の音がし、彼の体が殴られた頬を起点として
燃え始める。
「あ…そんな、いやだ」
ルフナに絶望の顔が浮かぶ。
ルフナはそれを理解し、生まれて初めてパニックになった。
手で火を消そうとするも、炎が消えるはずもない。
やがて、炎が彼の全身を包む。
「あつ、ぐ、う、うわあああああああああ」
ルフナはあまりのダメージに叫び声をあげ、倒れ込み、のたうち回る。
「こ、来い!アクアナーガッ!!」
残っていた水龍一体を残して彼は自らの全身に7体の水龍を直撃させた。
そのことで、なんとか、全身の火を消す事が出来た。
「ハア、ハア、ゼェ、ハア」
しゃがみ込み、息を整えようとする。
だが、体勢を整える間もなく、男は近づいてくる。
くそったれ。
いいだろう。人間ごときがやってくれたな…
次こそ溺死させて死体を魚の餌にしてやる。
だが、そう考えているのに足が動かない。
足を見ると震えているのが分かった。
「あ、あれ、おかしいな」
男がまた一歩ちかづいてくる。
「ひっ」
あれ、なんで俺は情けない声を。
人間なんかに
なんで
だが震えは止まらない。
先ほどの攻防の結果で焼き付いてしまったのだ。
恐怖が
彼は背を向け、うまく動かない体を必死に動かして
這って逃げようとする。
「うわぁ、くっ、来るなぁ」
自分は魔族軍の中でも誇り高い戦士だと思っていた。
だが、なんだ、この情けない姿は。
これでは周りが言うように本当に愚かなガキではないか。
彼は情けなさに涙を浮かべながらも必死に逃げた。
「ア、アクアロード!!」
水龍が先行し、水の道を作る。
そこにルフナが入ると、流れるように彼のスピードは加速する。
男は追ってはこなかった。
あいつは‥‥いつか必ず殺す。
屈辱や恐怖、安堵。様々な感情が行き交う中、
泣きながら
ルフナはかろうじてそう胸に誓ったのだった。
次回がこの話の最終話です。
2章から新しい話が始まります。
別の転生者の話が始まりますが、同じ世界の話です。
女神も出てきます。