2話. 炎の精霊
あーあ。やっちゃったなぁ。
チート能力もない僕に何ができるんだか。
でも後悔なんてない。
100社も受けた面接で落ちたが学んだ事も多い。
これはその一つだ。
賭けに出た時には躊躇したら負ける!
「偽善者が。胸糞悪い。姫様方と一緒に殺ってやるぜ」
そう吐き捨てて盗賊の1人大柄な髭のおじさんが
大剣を抜き、切りかかってくる。
大ぶりの一撃。
さっきの僕の啖呵が気に入らなかったのだろう。
盗賊は怒って突っ込んでくる。
だけどさっきの言葉は期せずしていい挑発になったようだ。
単調な一撃。
速い、でも
「フッッ!!」
僕は地面目掛けてダイブし、大剣を下からかわした。
ちょうど昔体育のマット運動で習った前転の要領で
回転して体制を整えたのだった。
「ハァ、ハァ、かわっっせた」
なんとか助かった。
「昔から反射神経には自信があったからな」
「ちっ、ちょこまかと次は外さねぇ」
そう言って盗賊は振り返る。
見ると、地面に大剣が叩きつけられ、俺がさっきまでいたところは大きくえぐれている。
ごくりと唾をのみ込む。
スピードとかパワーを見るに僕の勝ち目はゼロだな。
僕は逃げに徹する事を決め、どこかの姫様2人の元へ走る。
「立って!逃げよう」
「あなたは、一体」
「今はとにかく早くっ!!」
「え、ええ。そうですわね。ジェシカっ」
カーラ姫は妹のジェシカ姫の手をとって立ち上がる。
よしっ。後は逃げるだけ。
僕たちは一目散に走った。
「逃すかよ」
大剣を持つ盗賊が手を俺の方へかざすと
手のひらに小さな魔法陣らしき光の紋様が浮かんだ。
「土魔法。土モコォ」
「うわっ」
盗賊が叫ぶと俺が踏んでいた地面が少し膨れ上がった。
僕はバランスを崩し、派手に転んでしまった。
立とうとするが足がうまく動かない。
足を挫いてしまったようだ。
「くっ、こんなしょぼい攻撃に」
「フンっ。うるせーな。馬鹿と鋏は使いようってやつだ。俺にゃ魔法の才能はねぇが、それでもこんなふうに獲物を追い詰められるのさ」
カーラ姫が駆け寄ってくる。
「姫さん、逃げて!」
僕は叫んだ。
「ダメです。見殺しになどできませんわ。ジェシカ。貴方は逃げて」
一歩一歩と盗賊が近づいて来る。
「ガキの足で逃げられるかよ。全員あの世に送ってやるさ。まずはそこの偽善野郎からだ」
くそっ、こんなあっさりやられるなんて。
確かに後悔はない。でも
でも、これじゃ全員無駄死にだ。
それだけは意地でも嫌だ。絶対に嫌だ!
カーラ姫が目を瞑りながら俺の手をぎゅっと
握っている。
そうだ。何をあきらめてるんだ。僕は
彼女達を守る為にも
なんとかしないと。
なんとか…なにかないか。なにか
最後まであきらめない。僕は全力で思考を巡らす。
だが、何も思い浮かばなかった。
盗賊が大剣を振り下ろしてくる。
それでも僕は最後まで諦めず
足掻こうと、逃げようと最後の力を振り絞るように全身に力を入れた。
その時
なんと赤き炎が
僕の手を握っているカーラ姫を避けるようにして
全身を駆け巡ったのだった。
「ぐわぁ!あっっつ」
その炎はそのまま、盗賊の持つ大剣に移り、
剣を燃やし尽くした。
勘のいい盗賊は
いち早く大剣を手放し、無事だったようだが、
それでも間に合わなかったようで
手に大きな火傷を負っている。
ああ、これが…これが僕の力
「火の…精霊」
僕は女神から貰ったこの炎の力の名をぼそりと呟いた。
――――――――――――――――――――――――――
「火の精霊」
なるほど。これが女神がくれた力。
何がきっかけで出てきてくれたのか分からないが
本当に助かった。
カーラ姫やジェシカ姫もとても驚いているようで
口をポカンと開けている。
「こ、これは一体…」
今まで絶対絶命だった窮地だったのが、突然謎の発火現象によって
救われるかたちになったのだ。
無理もない。
「な、何しやがったんだ。て、テメェ」
盗賊が凄んでくる。
しかし、今度はさっきとちがって
どこか恐怖を感じているようだ。
それだって無理もない話。
一歩間違えば丸焦げになっていたのは
大剣ではなく自分だったのだから。
僕は全身から出ている火を見つめる。
手のひら、足、頭…全身から火は出せる。
どれ
色々と炎の形を変えて使い勝手を試してみる。
丁度手足を動かすのと同じ要領で動かせるな。
「…」
僕は自分の火の精霊の力をようやく知覚する事ができた。
精霊というくらいだから、人格もあるの
かもしれないと思ったが、
心の中で話しかけても反応はない。
だが、火は自在に動かせそうだ。
背中からも火の玉を出してみる。不思議な感覚だけど、これなら手足を動かす感覚でいけるかな。
温度調節だってできそうだ。
これなら…
僕は再び盗賊と向かい合う。
「降伏しろよ。素手じゃ何もできないだろ。今なら命を奪いまではしない!なんなら、逃げたっていい」
卑劣な盗賊は許せないが、
今はこの状況を生きて乗り越える事が最優先。
そう考えた僕は降伏を提案する。
「ふ、ふざけるな。さっきまで何もできなかったカスが調子に乗りやがって」
盗賊はそのプライドで恐怖を押し殺し、俺に拳を振り上げ、かかってくる。
僕が盗賊に逃げるよう言ったのは、何も安全策を取る為だけではない。
僕は平和に暮らしていた日本人。
暴力とはほぼ無縁の世界で生きてきた。
だから、いくら悪だろうと相手を殺す覚悟はおろか、
傷つける覚悟だってできていない。
でも、ここで覚悟を決めないと。
生きるために。
姫様達を助けるために
「土もこぉ」
盗賊がさっきと同じ、土を盛り上げる魔法で
バランスを崩そうとする。
でも、魔法陣が一瞬見えれば十分だ。
無駄だよ。
同じ手は食わない。
俺はジャンプで盛り上がる土をかわし、
手をかざす。
さっきまで、女の子二人を脅して、あまつさえ殺そうとした。
だったら、あんたも死ぬ覚悟くらいできてるんだろう?
「警告はしたぞっ!」
手から勢いよく炎を放つ。
ブワッと広がる業火は盗賊の男を容赦なく襲った。
そして炎は盗賊の全身に燃え広がる。
「ぐ、が、ぐおぉおおおおおお」
盗賊は断末魔を上げて地面に転がり込み、悶えて続けるように地面を転がったが、やがて糸が切れた人形のように動かなくなった。
炎は、燃え続けている。
はぁ、はぁ
息を凝らしながらも思う。
すごい力だ。
でも殺したくなかった。これが人を殺す重み。
いくら相手が悪くたって自分達が生きる為でも重い。
でも、盗賊はあと2人いる。
すぐにそちらを振り向く。
「次はお前たちだ。降伏すれば、何もしない。降伏してくれ」
もう無駄な犠牲は出したくない。
「ひ、ひいぃぃぃい」
もう1人の大柄の盗賊は狼狽して悲鳴を上げ、一目散に逃げようとした。
仲間があんな死に方をしたのだ。
そのまま、降伏してくれよ。
だが、小柄の盗賊は茶色のローブで顔を隠していた為、反応がわからない。
なんだろう。
どこか不気味だった。
だがそれでもこの力を見て襲い掛かってはこないだろう。
どうやら助かりそうだなと僕は安堵の息をついた。
お姫様2人はまだ口を上げてポカンとしている。
だがジェシカは直ぐに目を輝かせて言った。
「す、すごい。すごいね。お兄さん。あんな炎出して。ブワァって。かっこよかった!どこの誰だか知らないけど本当にありがとう」
ジェシカちゃん。だったっけ。
「こら、ジェシカ。王家のものがはしたないですよ」
「ねぇねぇ。今のどうやったの?魔法?」
「いや、僕にもよくわからないんだけど…なんとかなってよかっ」
僕がそこまで言いかけた
その瞬間だった。
”ズバン”
と鈍い音がして逃げようとした盗賊の首が真っ二つになり、宙に浮かぶ。
「はぁ、使えな」
小柄の盗賊がけだるげに言う。
そのすぐあと、盗賊の頭部は地面に落ち、
グッシャッと潰れたトマトのように血が広がった。
「え?」
一瞬の事にその場にいた全員しばらく何が起きたのか理解できなかった。
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