0.9話. 自称女神の憂鬱
ここは魔族と人間が日々熾烈な戦争を起こす剣呑とした世界。
そんな世界の端に、争いに関わることなく堂々と佇む
一本の大樹があった。
ミステルテインと呼ばれる神聖なる魔法の木である。
ある種信仰の対象とされたその大樹には
世界が平和になるまで何物も
近づいてはならないという暗黙の了解ができていた。
ところが、あろうことかその木を勝手に改造して
住処にしている不届きものがいた。
自らを天から授かられし魂を導く女神
と名乗る女だ。
その女神は神聖なる大樹を無遠慮に削り取って
作った自家製の机で
ティータイムを楽しむことが日課だった。
今日の紅茶はカモミールティーに蜂蜜をブレンドしたもの。
柔らかな香りに癒されるまさに至福な時間。
今のこの世界に失望している彼女にとって
このティータイムだけが
彼女の憂鬱な気分を紛らわせる時間になっていた。
そんな癒しの時間のはずだったが、日々の気疲れからか、
お茶を前に、女神はうたたねをしてしまっていた。
見ているのは、あの美しい庭園が一瞬で火の海に代わる昔の悪夢。
魔族と人間の戦争が始まったあの日の夢だった。
はっとしたように女神は目を覚まし、はぁ、とため息をつく。
人間と魔族の戦争が始まってもう何年たったか。
今も争いは絶えずどこかで続いている。
今は魔族が人間たちの平和を脅かす最低最悪の世界だ。
だから、女神となった私が戦争を止めなければならない。
例えどんな手を使っても。
「…!」
だが、至福の時間も今日はここまでのようだ。
世界の揺らぎを感じる。
どうやらまた異世界から魂が降り、
転生者が生まれたようだ。
彼女は立ち上がり、
仕方なく飲みかけのお茶を後にする。
「行ってくるわね」
「んーんー」
女神の後ろで
ミステルテインの枝で拘束され、もがいている
異能実験中の転生者を横目に、
それだけ言い残して女神は翼を羽ばたかせて出発した。
転生者を導き、この世界に女神好みの
真の平和を掴み取るために
次話から転生者の話がはじまります。